
相続セミナー第5回:何を相続するのか?~預貯金、不動産からデジタル資産まで~
こちらからポッドキャストでお聞きになれます↓
https://creators.spotify.com/pod/show/r0072/episodes/4-e33085s
「親が亡くなったら、どんなものが相続の対象になるんだろう?」「実家や預金通帳のことは何となく分かるけど、他に何かあるのかな?」「もしかして、借金も引き継ぐことになるの?」
前回までのブログでは、「誰が相続人になるのか」という相続人の範囲について、基本編と応用編に分けて詳しく解説しました。相続人が誰であるかが確定したら、次に明らかにするべきなのは「何を相続するのか」、つまり相続財産の全貌です。
皆様の中には、ご両親の財産について詳しく把握されていない方も多いのではないでしょうか。また、「財産」と聞くとプラスのものをイメージしがちですが、実はマイナスのものも含まれるため、注意が必要です。
この記事では、相続の対象となる財産にはどのような種類があるのか、昔ながらの預貯金や不動産から、近年問題となることも増えてきた「デジタル資産」まで、幅広く解説します。そして、これらの財産をどのように調査していくのか、その過程で行政書士がどのように皆様のサポートをできるのかについても具体的にお伝えします。
相続手続きを円滑に進めるためには、まず相続財産の全体像を正確に把握することが不可欠です。
相続財産の基本:プラスもマイナスも、原則すべて引き継ぐ
まず、相続財産とは何か、その基本的な考え方を押さえておきましょう。
相続財産とは、亡くなった方(被相続人)が死亡した時点で所有していた一切の権利義務を指します。これは、金銭的な価値があるプラスの財産(積極財産)だけでなく、借金や保証債務といったマイナスの財産(消極財産)も含まれるのが原則です。
つまり、相続人は、被相続人のプラスの財産だけを選んで相続し、マイナスの財産は放棄する、といった都合の良いことは原則としてできません。「全てを引き継ぐ」か「全てを放棄する(相続放棄)」か、あるいは「プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を引き継ぐ(限定承認)」かの選択を迫られることになります。(相続放棄・限定承認については、今後の記事で詳しく解説します。)
ただし、例外として、被相続人の一身に専属したもの(一身専属権といいます)は相続の対象となりません。例えば、以下のようなものです。
- 生活保護受給権
- 年金受給権(ただし、未支給年金は遺族が受け取れる場合があります)
- 扶養請求権
- 運転免許や医師免許などの資格
- 雇用契約における労働者としての地位
これらの権利や義務は、その人個人に固有のものであるため、相続によって他人に引き継がれることはありません。
代表的なプラスの相続財産と調査のヒント
それでは、具体的にどのようなものがプラスの相続財産にあたるのか、代表的なものと、その調査の手がかりを見ていきましょう。
1. 不動産(土地・建物など)
最も代表的な相続財産の一つが不動産です。
- 種類: 土地(宅地、田畑、山林など)、建物(自宅、アパート・マンション、店舗、工場、倉庫など)
- 調査のヒント:
- 権利証(登記済証)または登記識別情報通知書: 不動産の所有を証明する重要な書類です。大切に保管されているはずです。
- 固定資産税・都市計画税の納税通知書: 毎年春ごろに市区町村から送られてきます。ここに記載されている物件が手がかりになります。
- 名寄帳(なよせちょう): 市区町村役場(または都税事務所)で取得できる、その人がその市区町村内に所有している不動産の一覧です。これが最も網羅的なリストとなります。
- 登記事項証明書(登記簿謄本): 法務局で取得できます。不動産の所在地、面積、所有者、抵当権設定の有無などが記載されています。
- 評価の概要: 相続税の計算などでは、土地は路線価または倍率方式、建物は固定資産税評価額を基に評価されるのが一般的です。
2. 預貯金(銀行口座など)
現金や預貯金も重要な相続財産です。
- 種類: 普通預金、定期預金、当座預金、通常貯金(ゆうちょ銀行)、外貨預金、積立預金など。
- 調査のヒント:
- 預金通帳、キャッシュカード: 最も直接的な手がかりです。
- 金融機関からの郵便物: 取引明細書、満期のお知らせ、利息計算書などが残っている場合があります。
- 金融機関への照会: 故人の死亡の事実と相続人であることを証明する書類(戸籍謄本など)を提出し、**「残高証明書」や「取引履歴」**の発行を依頼します。これにより、死亡日時点の正確な残高や、過去の入出金状況が分かります。
- 休眠口座: 長期間取引のない口座は「休眠口座」として扱われている可能性があります。思い当たる金融機関があれば、諦めずに照会してみましょう。
3. 有価証券(株式・投資信託など)
株式や投資信託などの有価証券も相続の対象です。
- 種類:
- 株式(上場株式、非上場株式=自社株など)
- 国債、地方債、社債などの債券
- 投資信託
- ゴルフ会員権(証券形態のもの)など
- 調査のヒント:
- 証券会社からの郵便物: 取引報告書、残高報告書、特定口座年間取引報告書、配当金計算書などが定期的に送られてきます。
- 株券(現物): かつては株券が発行されていましたが、現在は上場株式を中心に電子化(株券不発行)されています。古い株券が見つかった場合は、その会社や信託銀行に問い合わせが必要です。
- 証券会社への照会: 預貯金と同様に、相続人であることを証明して残高証明書などを請求します。
- 非上場株式: 故人が会社を経営していたり、役員だったりした場合、その会社の株式を所有している可能性があります。会社の定款や株主名簿を確認する必要があります。
4. 動産(現金・自動車・貴金属など)
形のある財産で、不動産以外のものです。
- 種類: 現金(タンス預金など)、自動車、バイク、貴金属(金、プラチナ、宝石など)、美術品、骨董品、家財道具一式など。
- 調査のヒント:
- 現物確認: 故人の自宅や貸金庫などを丁寧に確認します。
- 自動車: 車検証で所有者を確認します。ローンが残っている場合は、その支払いも相続対象です。
- 貴金属・美術品: 購入時の領収書、保証書、鑑定書などがあれば手がかりになります。専門業者に査定を依頼することも検討します。
- 家財道具: 一般的には個別に評価せず、一式として扱われることが多いですが、高価なものがあれば別途評価が必要です。
5. その他権利(貸付金・著作権など)
上記以外にも、金銭的価値のある権利は相続財産となります。
- 種類:
- 個人や会社への貸付金、売掛金
- 未収の家賃、地代、給料、退職金(死亡退職金は会社の規程により受取人が指定されている場合もあり、その場合は相続財産とならないこともあります)
- 損害賠償請求権(故人が事故の被害者だった場合など)
- 著作権、特許権、商標権などの知的財産権
- 調査のヒント:
- 金銭消費貸借契約書、請求書、督促状、裁判記録
- 確定申告書(事業所得や不動産所得があれば、関連する権利が見つかることも)
- 著作権や特許権は、関連団体や特許庁の登録状況を確認します。
近年急増中!「デジタル遺産」の罠と対策
ここまでは比較的イメージしやすい相続財産でしたが、近年、相続手続きの現場で新たな課題として浮上しているのが**「デジタル遺産(デジタル遺品)」**です。
デジタル遺産とは、パソコンやスマートフォン、インターネット上に存在する、故人のデジタルデータや権利のことです。
- 代表的なデジタル遺産:
- インターネットバンキングの口座、ネット証券の口座
- 電子マネー(Suica、楽天Edy、PayPayなど)、ポイント
- 暗号資産(仮想通貨)(ビットコイン、イーサリアムなど)
- SNSアカウント(Facebook、X(旧Twitter)、Instagramなど)
- ブログ、ホームページ、YouTubeチャンネル
- 有料のサブスクリプションサービス(動画配信、音楽配信、ソフトウェアライセンスなど)
- オンラインゲームのアカウントやアイテム
- クラウドストレージ内のデータ(写真、書類など)
- メールアカウントとその内容
- デジタル遺産の相続における問題点:
- 家族が把握しにくい: 故人がどんなサービスを利用していたか、IDやパスワードは何なのか、家族が全く知らないケースが非常に多いです。
- アクセスできない: ID・パスワードが不明だと、サービスにログインできず、財産価値の確認や解約手続きが困難になります。
- サービス提供会社の規約: サービスによっては、利用規約でアカウントの一身専属(本人のみが利用可能で相続不可)を定めている場合があります。この場合、金銭的価値があっても相続できない可能性があります。
- 放置のリスク: 有料サービスを解約しないと料金が発生し続けたり、アカウントが不正利用されたり、個人情報が漏洩したりするリスクがあります。
- 暗号資産の特殊性: 秘密鍵を紛失すると永久にアクセスできなくなるなど、特有のリスクがあります。
- デジタル遺産への対策(生前にできること):
- リスト化: 利用しているサービス、ID、パスワード(またはそのヒント)、秘密の質問と答えなどをリスト(エンディングノートなど)に残しておく。
- データのバックアップと保管場所の共有: 重要なデータはバックアップを取り、その保管場所を家族に伝えておく。
- 各種サービスの相続手続きの確認: 主要なサービスについては、相続発生時の手続きやポリシーを事前に確認しておく。
- 専門家への相談: 生前から行政書士などの専門家に相談し、デジタル遺産の整理や相続に関するアドバイスを受けておくことも有効です。
行政書士は、このような新しい形の財産についても、ご相談者様のお話を丁寧に伺い、どのような調査方法が考えられるか、どのように対応すべきかといったアドバイスを行うことができます。
見落とし厳禁!マイナスの相続財産
相続財産はプラスのものだけではありません。マイナスの財産(借金など)も相続の対象となることを絶対に忘れてはいけません。
- 代表的なマイナスの相続財産:
- 借金・ローン:
- 住宅ローン、アパートローン
- 自動車ローン、教育ローン
- クレジットカードのキャッシングやリボ払いの未払い残高
- 消費者金融や銀行からのカードローン
- 個人間の借金(借用書がある場合など)
- 事業上の買掛金、未払金
- 未払いの公租公課:
- 所得税、住民税、固定資産税・都市計画税などの税金
- 国民健康保険料、介護保険料などの社会保険料
- 保証債務: 故人が他人の借金の連帯保証人や保証人になっていた場合、その保証契約も相続されます。主たる債務者が返済できなくなれば、相続人が返済義務を負うことになります。
- 損害賠償義務: 故人が交通事故などを起こし、被害者に対する損害賠償義務を負っていた場合。
- その他、未払いの家賃、管理費、医療費なども該当します。
マイナスの財産がプラスの財産を明らかに上回るような場合には、「相続放棄」や「限定承認」といった手続きを検討する必要があります。これらの手続きには、原則として「自己のために相続の開始があったことを知った時から3ヶ月以内」という期限があるため、マイナスの財産の調査も迅速に行う必要があります。
このマイナスの財産については、次回の第6回ブログ「借金も相続!? ~マイナスの財産の確認と注意点~」でさらに詳しく掘り下げて解説します。
相続財産調査の重要性と行政書士の役割:全体像を把握するお手伝い
ここまで見てきたように、相続財産は非常に多岐にわたります。これら全てを正確に把握し、評価することは、適正な遺産分割協議を行い、必要な場合には相続税の申告・納税を正しく行うための大前提となります。
しかし、ご遺族だけで全ての財産を漏れなく調査するのは大変な作業です。
- 不動産の権利関係が複雑だったり、遠方にあったりする。
- 多数の金融機関に口座があるかもしれない。
- 故人がどんなデジタル資産を持っていたか見当もつかない。
- 借金や保証契約の有無が分からない。
このような場合、相続手続きの専門家である行政書士が、皆様の財産調査を力強くサポートします。
行政書士による財産調査サポートの例:
- 丁寧なヒアリングと調査方針の策定: まずはご遺族から故人の生活状況や職業、趣味などを詳しくお伺いし、どのような財産が存在しうるか、どこから調査すべきかのあたりをつけます。
- 不動産調査の代行: 固定資産税納税通知書や権利証がなくても、名寄帳の取得代行や法務局での登記事項証明書の取得代行を通じて、不動産の所有状況を明らかにします。
- 金融機関への残高証明請求サポート: 多数の金融機関に対する残高証明書の請求手続き(依頼書の作成支援など)をサポートし、効率的な調査を支援します。
- 関連資料の収集と整理: 故人の遺品の中から、契約書、請求書、領収書、確定申告書など、財産調査の手がかりとなる資料を整理し、リストアップします。
- 財産目録の作成: 調査結果に基づいて、全てのプラスの財産とマイナスの財産を一覧にした**「財産目録」**を作成します。この財産目録は、遺産分割協議の基礎資料となり、相続税申告が必要な場合には税理士に引き継ぐ重要な書類となります。行政書士が作成することで、客観的で整理された、法的に通用しやすい目録を作成できます。
- デジタル遺産に関するアドバイス: デジタル遺産の調査方法や、判明した場合の対応について、最新の情報を踏まえたアドバイスを提供します。
- マイナスの財産の調査サポート: 信用情報機関への情報開示請求のサポート(ご本人または相続人が請求)や、契約書等の確認を通じて、負債の状況把握をお手伝いします。
相続人調査と並行して、この相続財産調査を徹底的に行うことで、初めて相続手続きの全体像が見えてきます。行政書士は、その複雑なパズルを解き明かすための頼れるパートナーとなるでしょう。
まとめ:相続財産はプラスもマイナスも、隅々まで確認を
今回は、「何を相続するのか」というテーマで、相続財産の種類、調査方法、そして近年問題となりやすいデジタル遺産について解説しました。
- 相続財産は、プラスの財産だけでなくマイナスの財産も原則として全て引き継ぐ。
- 不動産、預貯金、有価証券、動産など、財産の種類は多岐にわたる。
- ID・パスワードが不明なことが多い「デジタル遺産」の把握も重要。
- 借金や保証債務などのマイナスの財産の調査も忘れてはならない。
これらの財産を正確に把握することは、円満な遺産分割と適切な相続手続きの第一歩です。もし、「親の財産がどこにどれだけあるか分からない」「調査の仕方が分からない」といったお悩みがあれば、一人で抱え込まず、ぜひ相続の専門家である行政書士にご相談ください。
次回は、第6回「借金も相続!? ~マイナスの財産の確認と注意点~」と題して、特にマイナスの財産に焦点を当て、その確認方法や相続放棄・限定承認といった重要な選択肢について詳しく解説していきます。