
相続セミナー 第16回:公正証書遺言の作成プロセス~準備から完成までの流れ~
「公正証書遺言が一番安心で確実なのは分かったけど、実際に作るとなると、どんな手順で進むの?」「何から準備すればいいのか、具体的に知りたい。」
前回のセミナー(第15回)では、ご自身で作成する自筆証書遺言の具体的な書き方や注意点について解説しました。そして第12回では、公正証書遺言が持つ多くのメリット、特にその安全性と確実性の高さについてお伝えしました。
「自分の想いを最も確実に残したい」「相続手続きで家族にできるだけ負担をかけたくない」そうお考えの方にとって、公正証書遺言は非常に魅力的な選択肢です。しかし、実際に作成するとなると、どのような準備が必要で、どのような流れで進んでいくのか、具体的なプロセスが分からず不安に感じる方もいらっしゃるかもしれません。
そこで今回は、公正証書遺言を作成する場合の「準備から完成までの具体的なプロセス」を、ステップごとに詳しく解説していきます。この流れを事前にご理解いただくことで、作成への心理的なハードルが下がり、安心して取り組むための一助となれば幸いです。
公正証書遺言作成の全体像(大まかな流れ)
まず、公正証書遺言作成の全体的な流れを把握しておきましょう。大きく分けると、以下のようなステップで進んでいきます。
- 遺言内容の検討と意思決定(何を、誰に、どう遺すか)
- 公証役場の選定と相談予約(どこの公証役場で作成するか)
- 必要書類の収集と準備(公証人から指示される書類を集める)
- 公証人との打ち合わせ・遺言書案の作成(意思を伝え、案を作成してもらう)
- 証人2名以上の手配(作成に立ち会ってもらう人を選ぶ)
- 遺言書作成当日(公証役場で署名・押印などを行う)
- 遺言書(正本・謄本)の受領と原本の保管(完成した遺言書の取り扱い)
それでは、各ステップについて具体的に見ていきましょう。
ステップ1:遺言内容の検討と意思決定
公正証書遺言作成の第一歩は、ご自身の「想い」を具体的に整理し、遺言として残したい内容を明確にすることです。
- 誰に何を遺したいか: どの財産(不動産、預貯金、株式など)を、誰(配偶者、子、その他の親族、友人、お世話になった方、団体など)に、どのような割合や方法で相続させたいのか、あるいは遺贈したいのかを具体的に考えます。
- 遺言執行者を指定するか: 遺言の内容を実現するための手続きを行う「遺言執行者」を誰にするか(または指定しないか)も重要な検討事項です。
- 付言事項として伝えたいこと: 財産分与の理由、家族への感謝の言葉、葬儀や納骨に関する希望など、法的な効力はありませんが、残したいメッセージがあればまとめておきます。
この段階で、ご自身の考えがまとまらない場合や、法的にどのように表現すればよいか分からない場合は、行政書士などの専門家に相談し、アドバイスを受けながら内容を整理していくことが非常に有効です。専門家は、ご意向を伺いながら、将来的な紛争を避け、スムーズな相続を実現するための遺言内容を一緒に考えるお手伝いをします。
ステップ2:公証役場の選定と相談予約
遺言内容の骨子がある程度固まったら、次にどこの公証役場で作成するかを選び、相談の予約をします。
- 公証役場の選定: 公正証書遺言は、日本全国どこの公証役場でも作成することができます。ご自宅の最寄り、職場の近く、あるいはアクセスの良い場所など、ご自身が都合の良い公証役場を選べます。
- 相談予約: 多くの公証役場では、事前の予約が必要です。電話で連絡し、公正証書遺言作成の相談をしたい旨を伝え、日時を調整します。
- 出張作成の検討: もし、遺言者ご本人が病気や高齢などの理由で公証役場に出向くことが難しい場合は、公証人に病院やご自宅、施設などに出張してもらって作成することも可能です。ただし、この場合は通常の手数料に加えて、出張日当や交通費などが別途必要になります。
ステップ3:必要書類の収集と準備
公証人との打ち合わせや遺言書作成当日には、いくつかの書類が必要になります。公証人から指示がありますが、一般的に必要となる主なものは以下の通りです。早めに準備を始めましょう。
- 遺言者本人に関する書類:
- 印鑑登録証明書(通常、発行後3ヶ月以内のもの)
- 実印
- 本人確認書類(運転免許証、マイナンバーカードなど顔写真付きのもの)
- 戸籍謄本(本籍地で取得)
- 財産を相続させる相手(相続人)に関する書類:
- 遺言者との続柄が分かる戸籍謄本など(例:妻や子の戸籍謄本)
- 相続人の住民票の写し(または戸籍の附票)
- 財産を遺贈する相手(相続人以外)に関する書類:
- 受遺者の氏名、住所、生年月日が分かるもの(住民票の写しなど)
- 相手が法人の場合は、その法人の登記事項証明書など
- 遺言する財産に関する資料:
- 不動産の場合:
- 登記事項証明書(法務局で取得)
- 固定資産評価証明書(市区町村役場または都税事務所で取得)または最新の固定資産税・都市計画税納税通知書の写し
- 預貯金の場合:
- 金融機関名、支店名、預金種別、口座番号、おおよその残高が分かるもの(預金通帳のコピーなど)
- 有価証券(株式など)の場合:
- 証券会社名、支店名、口座番号、銘柄、数量などが分かるもの(取引残高報告書など)
- その他の財産: 自動車の車検証、貸付金の契約書など、財産を特定できる資料
- 不動産の場合:
これらの書類は、財産の内容や相続関係によって異なります。また、収集に時間がかかるもの(特に戸籍謄本を遠方から取り寄せる場合など)もあるため、公証人から指示を受けたら速やかに準備に取り掛かることが大切です。
行政書士に公正証書遺言作成のサポートを依頼した場合、これらの煩雑な書類収集の多くを代行してもらうことが可能です。
ステップ4:公証人との打ち合わせ・遺言書案の作成
必要書類が揃ったら(あるいはある程度揃った段階で)、公証人と具体的な遺言内容について打ち合わせを行います。
- 遺言者は、公証人にご自身の意思(誰に、何を、どのように遺したいか)を正確に伝えます。
- 公証人は、遺言者の意思が法的に有効かつ明確な形で実現できるよう、専門的な知識に基づいてアドバイスをしながら、遺言書の原案を作成します。
- 遺言者は、作成された原案の内容を十分に確認し、ご自身の意図と相違ないか、不明確な点はないかをチェックします。修正点があれば遠慮なく伝え、納得のいくまで調整を行います。
この打ち合わせは、通常1回から数回行われます。行政書士がサポートしている場合は、この打ち合わせに同席したり、事前に公証人と遺言内容について調整を行ったりすることで、よりスムーズかつ的確に遺言者の意思を公証人に伝え、遺言書案の作成を進めることができます。
ステップ5:証人2名以上の手配
公正証書遺言の作成には、法律で定められた証人2名以上の立会いが必要です。
- 証人の役割: 遺言者が正常な判断能力のもと、本人の真意に基づいて遺言したこと、そして公正証書遺言が適正な手続きで作成されたことを見届ける役割を担います。
- 証人になれない人(欠格者): 以下の人は証人になることができません(民法第974条)。
- 未成年者
- 推定相続人(将来相続人になる可能性のある人)
- 受遺者(遺言によって財産をもらう人)
- 上記の推定相続人および受遺者の配偶者、ならびに直系血族(親子、祖父母、孫など)
- 公証人の配偶者、四親等内の親族、書記、使用人
- 証人の探し方: 信頼できる友人や知人に依頼することもできますが、上記の欠格事由に該当しないか、また遺言の内容を知られても問題ない相手かなどを慎重に検討する必要があります。 適当な人が見つからない場合は、公証役場で紹介してもらえることもありますが、その場合は紹介手数料がかかることが一般的です。 また、行政書士や弁護士などの専門家も証人になることができます。専門家は守秘義務を負っており、法律知識もあるため安心して依頼できます。行政書士に遺言作成サポートを依頼している場合は、併せて証人も依頼できることが多いです。
ステップ6:遺言書作成当日(公証役場にて)
全ての準備が整ったら、いよいよ遺言書作成当日です。 予約した日時に、遺言者本人、証人2名が公証役場に揃って出頭します(公証人が出張する場合はその場所で)。 当日の手続きは、おおむね以下のように進められます。
- 本人確認: まず、公証人が遺言者本人であること、および証人本人であることを確認します。
- 遺言内容の口授と確認: 遺言者が、公証人と証人の面前で、あらかじめ打ち合わせした遺言の趣旨を改めて口頭で述べます(口授)。
- 筆記と読み聞かせ(または閲覧): 公証人が、遺言者の口授に基づいて遺言公正証書の条項を筆記(実際には事前に準備した案を最終確認)し、これを遺言者と証人に読み聞かせるか、閲覧させます。
- 承認と署名押印: 遺言者と証人が、筆記された内容が正確であることを承認した後、それぞれ公正証書に署名し、押印します。遺言者は実印で押印するのが一般的です。
- 公証人の署名押印: 最後に、公証人が、この証書は法律に定める方式に従って作成したものである旨を付記し、これに署名し、職印を押します。
これで公正証書遺言は完成です。全体の所要時間は、事前の準備がしっかりできていれば、通常30分から1時間程度です。
ステップ7:遺言書(正本・謄本)の受領と原本の保管
完成した公正証書遺言の「原本」は、法律に基づき公証役場で厳重に保管されます(原則として20年間、ただし特別な事情がある場合はそれ以上)。これにより、紛失や偽造・変造の心配がありません。
遺言者には、原本と同じ効力を持つ「正本」と、原本の写しである「謄本」が交付されます。これらの正本や謄本は、遺言者が大切に保管します。金融機関や法務局での相続手続きの際には、この正本または謄本を使用することになります。保管場所としては、自宅の金庫や貸金庫などが考えられますが、相続開始後に相続人が見つけられるようにしておくことも大切です。
作成にかかる期間の目安
公正証書遺言の作成にかかる期間は、一概には言えませんが、相談を開始してから完成まで、通常は1ヶ月から2ヶ月程度が目安となることが多いようです。 ただし、
- 遺言内容が複雑か
- 必要書類の収集にどれくらい時間がかかるか
- 公証役場の混み具合
- 遺言者や証人のスケジュール調整 などによって、期間は変動します。もし、お急ぎの場合は、その旨を公証人やサポートを依頼する専門家に早めに伝えることが重要です。
公正証書遺言作成プロセスと行政書士の役割(再確認)
公正証書遺言の作成プロセスは、ご自身だけで進めることも不可能ではありませんが、多くの手間と専門的な知識が要求される場面もあります。行政書士は、この一連のプロセスにおいて、以下のようなトータルサポートを提供し、皆様の負担を大幅に軽減することができます。
- 遺言内容の明確化と法的アドバイス(ステップ1)
- 公証役場の選定に関する情報提供(ステップ2)
- 煩雑な必要書類の収集代行(ステップ3)
- 公証人との打ち合わせへの同席や事前調整(ステップ4)
- 信頼できる証人の手配(または行政書士自身が証人となる)(ステップ5)
- 作成当日の段取りや注意事項のアドバイス(ステップ6)
- 完成した遺言書の適切な保管方法のアドバイス(ステップ7)
- 遺言執行者への就任(ご希望に応じて)
行政書士に依頼することで、専門家の視点から漏れのない、確実な遺言書をスムーズに作成することが可能になります。
まとめ:計画的な準備で、確実な「想い」の実現を
今回は、公正証書遺言を作成するための具体的なプロセスについて、準備から完成までの流れをステップごとに解説しました。
- 公正証書遺言の作成には、遺言内容の決定、書類収集、公証人との打ち合わせ、証人の手配など、いくつかのステップがある。
- 事前の準備をしっかりと行い、計画的に進めることが重要。
- 全体の期間は、通常1ヶ月~2ヶ月程度が目安。
- 行政書士などの専門家に相談・依頼することで、手続きがスムーズになり、安心してより確実な遺言書を作成できる。
公正証書遺言は、手間と費用はかかりますが、それに見合うだけの「安心」と「確実性」が得られる最良の遺言方式の一つです。ご自身の最後の想いを、間違いなく大切な人に伝えるために、ぜひ検討してみてはいかがでしょうか。
次回は、第17回「遺言でできることリスト~相続分指定、遺贈、子の認知、遺言執行者指定など~」と題して、遺言書によって具体的にどのようなことを定められるのか、その法的な効力について詳しくご紹介します。