
相続セミナー 第17回:遺言でできることリスト~相続分指定、遺贈、子の認知、遺言執行者指定など~
「遺言書って、ただ財産の分け方を書くだけじゃないの?」「他にどんなことを決められるんだろう?」
これまでの相続セミナーでは、遺言書の重要性(第9回)や、主な遺言書の種類(自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言)、そしてそれらの作成方法や注意点について詳しく解説してきました。遺言書が、ご自身の想いを残し、円満な相続を実現するための強力なツールであることはご理解いただけたかと思います。
では、具体的に「遺言書でどのようなことができるのか」、その法的な効力はどこまで及ぶのでしょうか。実は、遺言書で定めることができる内容は、単に「誰にどの財産を」という財産の分配に関することだけにとどまりません。相続人の身分に関わることや、遺言の内容をスムーズに実現するための取り決めなど、法律で定められた様々な事項について、ご自身の意思を反映させることができるのです。
今回は、この「遺言でできること(法定遺言事項)」をリストアップし、それぞれの内容について分かりやすく解説していきます。ご自身の希望を遺言書にどのように盛り込めるのか、その可能性を知ることで、より具体的で、より想いのこもった遺言書作成の一歩を踏み出しましょう。
遺言で定められること(遺言事項)とは?
まず基本として、遺言によって法的な効力を持たせることができる事項は、法律で定められています。これを「法定遺言事項」といいます。法律で定められていない事項を遺言書に記載しても、原則として法的な拘束力は生じません。
ただし、法定遺言事項以外のことでも、例えば家族への感謝の気持ちや、なぜそのような財産の分け方にしたのかという理由などを「付言事項(ふげんじこう)」として書き添えることは可能です。これには法的な効力はありませんが、残された家族へのメッセージとして大切な意味を持つことがあります。
それでは、主な法定遺言事項をカテゴリー別に見ていきましょう。
1. 財産の処分に関すること(最も基本的な遺言事項)
遺言書の中核となるのが、ご自身の財産をどのように処分するかという意思表示です。
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相続分の指定(民法902条) 法定相続分(法律で定められた相続割合)とは異なる相続分を、遺言で指定することができます。例えば、「妻に法定相続分よりも多く相続させる」「長男には事業承継に必要な財産を多く、他の子にはそれ以外の財産を」といった指定が可能です。ただし、後述する「遺留分」を侵害する指定は、後に紛争の原因となる可能性があるので注意が必要です。
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遺産分割方法の指定(民法908条) 具体的にどの財産を誰に相続させるのか、その分け方を指定できます。「自宅不動産と預貯金A銀行分は妻に、株式と預貯金B銀行分は長男に」といった現物での指定(現物分割)のほか、特定の相続人に財産を相続させ、その代わりに他の相続人にお金を支払わせる方法(代償分割)、財産を売却して金銭で分ける方法(換価分割)、あるいは特定の財産を共有で相続させる(共有の指定)といったことも可能です。
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遺贈(いぞう)(民法964条) 法定相続人ではない人や法人に対しても、遺言によって財産を無償で譲り渡すことができます。これを遺贈といいます。
- 特定遺贈: 「〇〇銀行の預金100万円を友人の山田花子に遺贈する」「私の所有するこの絵画を〇〇美術館に遺贈する」というように、特定の財産を指定して遺贈する方法です。
- 包括遺贈: 「私の全財産の3分の1を内縁の妻〇〇に遺贈する」というように、全財産または一定の割合を指定して遺贈する方法です。包括受遺者(包括遺贈を受ける人)は、相続人と同一の権利義務を持つとされています。
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信託の設定(信託法3条2号) 遺言によって信託を設定することも可能です(遺言信託)。例えば、「私が亡くなった後、障がいのある長男の生活のために、私の財産の一部を信託し、信頼できる〇〇にその管理・運用を託し、長男の生活費として定期的に給付する」といったように、特定の目的のために財産の管理や給付を長期的に行う仕組みを作ることができます。
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生命保険金の受取人の変更(保険法44条、88条) 保険契約者の権利として、遺言によって生命保険金の受取人を変更できる場合があります(ただし、保険契約の種類や保険会社の約款によって制限がある場合もあります)。
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寄付行為(一般社団法人及び一般財団法人に関する法律152条2項) 遺言によって財産を拠出し、一般財団法人を設立することも可能です。社会貢献などを目的とする場合に活用されます。
2. 相続人の身分に関すること
財産に関することだけでなく、相続人の身分に関する法律行為も遺言で行うことができます。
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子の認知(民法781条2項) 法律上の婚姻関係にない男女の間に生まれた子(非嫡出子)について、父親が遺言によって「自分の子である」と法的に認めることができます。認知されると、その子は法律上の子となり、相続権が発生します。
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未成年後見人の指定(民法839条1項) 親権を行う者がいない未成年の子に対して、その子の監護養育や財産管理を行う「未成年後見人」を遺言で指定することができます。ご自身に万が一のことがあった場合に、信頼できる人に子供の将来を託すための重要な指定です。
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未成年後見監督人の指定(民法848条) 指定した未成年後見人の職務が適切に行われているかを監督する「未成年後見監督人」を、遺言で指定することもできます。
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推定相続人の廃除とその取消し(民法893条、894条2項)
- 廃除: 遺留分を有する推定相続人(配偶者、子、直系尊属)が、被相続人に対して虐待をしたり、重大な侮辱を加えたり、その他の著しい非行があった場合に、その相続人の相続権を剥奪することを家庭裁判所に請求する意思を遺言で示すことができます(遺言廃除)。実際に廃除が認められるかは家庭裁判所の審判によります。
- 廃除の取消し: 生前または過去の遺言で行った廃除の意思表示を、遺言で取り消すことも可能です。
3. 遺言の執行に関すること
遺言の内容をスムーズかつ確実に実現するために、以下のような指定ができます。
- 遺言執行者の指定または指定の委託(民法1006条1項) 遺言書に書かれた内容(相続財産の管理、名義変更手続き、遺贈の履行など)を具体的に実行する人として「遺言執行者」を遺言で指定することができます。信頼できる親族や友人、あるいは行政書士や弁護士などの専門家を指定することが一般的です。また、遺言執行者の指定を第三者に委託することも可能です。 遺言執行者を指定しておくことで、相続手続きが円滑に進み、相続人間の負担やトラブルを軽減する効果が期待できます。(遺言執行者については、次回の第18回で詳しく解説します。)
4. その他
上記以外にも、遺言で定められる事項があります。
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祭祀(さいし)承継者の指定(民法897条1項但書) お墓、仏壇、位牌、系譜といった祖先を祀るための財産(祭祀財産)を、誰に承継させるかを指定できます。祭祀財産は、通常の相続財産とは別扱いとなり、相続分とは関係なく、指定された一人が承継します。
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相続人相互の担保責任の指定(民法914条) これは少し専門的な内容になりますが、遺産分割後に、ある相続人が被相続人の債務について債権者から弁済を求められた場合に、他の相続人がどの程度その負担を分担するかなど、相続人間の担保責任の割合を遺言で定めることができます。
法的拘束力はないけれど大切な「付言事項」の活用
上記の法定遺言事項以外に、遺言者が自由にメッセージを書き残せるのが「付言事項」です。これには法的な拘束力はありませんが、非常に重要な役割を果たすことがあります。
- 家族への感謝の言葉: 「長年連れ添ってくれた妻へ、心から感謝しています」「子供たちが健やかに育ってくれたことが何よりの喜びです」など。
- 遺言内容に至った理由や想い: なぜこのような財産の分け方にしたのか、その背景にある考えや気持ちを説明することで、相続人間の誤解を防ぎ、納得感を高めることができます。
- 残される家族への願い: 「兄弟姉妹仲良く、お互い助け合って生きてください」「私の死後も、家族の絆を大切にしてください」など。
- 葬儀や納骨に関する希望: 「葬儀は質素に行ってほしい」「散骨を希望します」など(ただし、これらはあくまで希望であり、法的な強制力はありません)。
付言事項は、遺言者の人柄や愛情を伝えるものであり、残された家族が故人の真意を理解し、円満な相続を迎えるための潤滑油となることが期待されます。
遺言でできないこと・注意点
- 法定遺言事項以外は法的拘束力がない: 付言事項に書かれた希望(例えば「長男は必ず家を継ぐこと」など)は、法的には強制できません。
- 公序良俗に反する内容は無効: 例えば、愛人関係の維持を条件とする遺贈などは、公序良俗に反するものとして無効と判断される可能性があります。
- 遺留分への配慮: 法律で一定の相続人に保障されている最低限の取り分である「遺留分」を侵害する内容の遺言も、それ自体は有効ですが、遺留分を侵害された相続人から「遺留分侵害額請求」をされる可能性があります。(遺留分については、今後のセミナーで詳しく解説します。)
- 遺言の撤回は比較的自由: 遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部または一部を撤回することができます。新しい日付の遺言書で異なる内容を記載すれば、原則として新しい遺言が優先されます。
あなたの希望を叶える遺言書作成と行政書士の役割
遺言書で「できること」は多岐にわたります。ご自身の希望を法的に有効な形で、かつ誤解なく遺言書に盛り込むためには、専門的な知識と慎重な検討が不可欠です。
行政書士は、皆様の「想いを形にする」お手伝いをいたします。
- 丁寧なヒアリングと意思の明確化: まず、どのようなことを遺言で実現したいのか、ご家族構成や財産状況、そしてお気持ちをじっくりとお伺いします。
- 法的観点からのアドバイス: ご希望の内容が法的に実現可能か、どのような遺言事項を活用すればよいか、注意すべき点はないかなどを、専門家の視点からアドバイスします。
- 最適な遺言文案の作成サポート: 相続分の指定や遺産分割方法の指定、遺贈、子の認知、遺言執行者の指定など、多岐にわたる遺言事項を効果的に組み合わせ、ご本人の意思が正確に反映された、かつ法的に問題のない遺言書の文案作成をサポートします。
- 付言事項の活用提案: 残されるご家族への想いを伝えるための付言事項についても、効果的な内容をご一緒に考えます。
- 財産調査・相続人調査: 遺言書作成の前提となる正確な財産状況の把握や、相続関係の確認も、行政書士の専門分野です。
「こんなことを遺言で決められるなんて知らなかった」「自分の場合はどう書けばいいのだろう」といった疑問やお悩みがあれば、どうぞお気軽に行政書士にご相談ください。
まとめ:遺言は、未来をデザインする法的ツール
今回は、「遺言でできることリスト」と題して、遺言書によって法的に実現可能な様々な事項について解説しました。
- 遺言書では、財産の分配方法だけでなく、子の認知や未成年後見人の指定、遺言執行者の指定など、身分や遺言の執行に関する重要な事項も定めることができる。
- 法定遺言事項以外にも、「付言事項」として家族への想いを伝えることができる。
- 遺言で定められることには法律上の限界や注意点もあるため、専門家のアドバイスが有効。
遺言書は、単に死後の財産整理のための書類ではなく、ご自身の人生の総仕上げとして、未来をデザインするための法的なツールです。その可能性を最大限に活かし、ご自身の想いを確実に未来へ繋ぐために、ぜひ専門家と共に最適な遺言書作成を目指しましょう。
次回は、第18回「遺言執行者とは? ~選任方法と役割、権限~」をお届けします。遺言の内容をスムーズかつ確実に実現するために非常に重要な役割を担う「遺言執行者」について、詳しく解説していきます。