
相続セミナー 第18回:遺言執行者とは? ~選任方法と役割、権限~
「遺言書を作っただけではダメなの?誰かが手続きをしてくれないと、絵に描いた餅になるって本当?」「遺言執行者って聞いたことあるけど、具体的に何をしてくれる人なんだろう?」
前回の第17回ブログでは、「遺言でできることリスト」と題し、財産分与から子の認知、遺言執行者の指定まで、遺言書に盛り込める法的な効力について幅広く解説しました。ご自身の想いを遺言書という形にした後、その内容がスムーズかつ確実に実現されることは、遺言者にとって最も重要な願いの一つでしょう。
しかし、遺言書を作成しただけでは、自動的にその内容が実現するわけではありません。特に相続手続きは複雑で、相続人間で意見が対立することもあります。そこで大きな役割を果たすのが、今回取り上げる「遺言執行者(ゆいごんしっこうしゃ・ゆいごんしっこうにん)」です。
遺言執行者は、いわば遺言者の最終意思を実現するためのキーパーソンです。この記事では、遺言執行者とはどのような立場の人なのか、その必要性、具体的な役割や権限、そしてどのように選任するのか、誰が適任なのかといった点について詳しく解説していきます。
遺言執行者とは?~その役割と必要性~
遺言執行者とは、遺言の内容を具体的に実現するために、必要な法的手続きや財産管理などを行う権限を与えられた人のことを指します。遺言者の代理人とまでは言えませんが、遺言者の最終意思を忠実に実行する、非常に重要な立場です。
では、なぜ遺言執行者が必要とされるのでしょうか?
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相続手続きの複雑さと専門性: 相続手続きには、戸籍謄本の収集、財産調査、財産目録の作成、預貯金の解約、不動産の名義変更(相続登記)、株式の移管手続きなど、多くの煩雑な作業が伴います。これらを相続人自身が行うのは大きな負担であり、専門的な知識が必要となる場面も少なくありません。
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相続人間の利害対立の可能性: 相続人が複数いる場合、それぞれの利害が対立し、遺言の内容に不満を持つ人が手続きに協力しない、あるいは妨害するといったケースも考えられます。このような場合、中立的な立場で手続きを進める存在が必要となります。
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遺言執行者でなければできない(またはスムーズに進む)手続きがある: 例えば、遺言による「子の認知」の届出や、「相続人の廃除・廃除の取消し」の家庭裁判所への申立ては、法律上、遺言執行者が行うべき職務とされています。また、相続人以外の人への「遺贈」についても、遺言執行者がいれば受遺者(財産をもらう人)と他の相続人との間で直接やり取りする必要がなくなり、スムーズに進むことが期待できます。
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遺言内容の確実な実現のため: 遺言者の意思を正確に理解し、それを法的に有効な形で実現するためには、客観的かつ専門的な視点で業務を遂行できる人が必要です。
これらの理由から、特に遺言の内容が複雑であったり、相続人間で紛争が予想されたりする場合、あるいは特定の相続人に負担をかけたくない場合などには、遺言執行者を指定しておくことの意義は非常に大きいと言えます。
遺言執行者の主な役割・職務内容
遺言執行者に就任した人は、具体的にどのような職務を行うのでしょうか。その主な内容は以下の通りです。
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就任の受諾と通知: まず、遺言執行者として指定されたことを知った場合、就任を承諾するかどうかを決定します。承諾した場合は、遅滞なく任務を開始し、その旨を相続人や包括受遺者(財産の全部または一定割合を遺贈された人)に通知します。
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相続財産の調査と財産目録の作成・交付: 遅滞なく相続財産の調査に着手し、財産目録(相続開始時点のプラスの財産・マイナスの財産の一覧)を作成します。そして、作成した財産目録を相続人に交付しなければなりません。
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遺言内容の執行(具体的な手続き): 遺言書に記載された内容に従い、具体的な執行業務を行います。例えば、
- 預貯金の解約、払い戻し、名義変更手続き
- 不動産の所有権移転登記手続き(司法書士と連携して行います)
- 株式や投資信託などの名義書換手続き
- 自動車の名義変更手続き
- 遺贈の履行(受遺者への財産の引き渡しや登記移転など)
- 子の認知の届出(市区町村役場へ)
- 相続人の廃除または廃除の取消しの申立て(家庭裁判所へ)
- 賃貸物件の管理や契約の処理など
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相続人への報告義務: 相続人の請求がある時はもちろん、任務の経過や結果について、必要に応じて相続人に報告する義務があります。
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その他、遺言の執行に必要な一切の行為: 上記以外にも、遺言の内容を実現するために必要なあらゆる行為を行います。例えば、訴訟の追行や債務の弁済なども含まれる場合があります。
これらの職務は、遺言の内容によって多岐にわたり、法的な知識や実務経験が求められることも少なくありません。
遺言執行者の権限
遺言執行者は、その職務を遂行するために、法律によって一定の強い権限が与えられています。
- 相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務(民法1012条1項): 遺言執行者は、遺言の内容を実現するという目的の範囲内において、相続財産を管理し、処分するなど、必要な全ての行為を行う権限を持っています。
- 相続人の行為の制限(民法1013条1項): 遺言執行者がいる場合、相続人は、遺言の執行の対象となる相続財産について、勝手に処分したり、その他遺言の執行を妨げるような行為をしたりすることはできません。もし相続人がこのような行為をした場合、その行為は原則として無効となります。これにより、遺言執行者はスムーズに任務を遂行することができます。
- 第三者への任務の委任(復任権)(民法1016条1項): 遺言執行者は、原則として自ら任務を行いますが、やむを得ない事由があるときは、自己の責任において第三者にその任務を行わせることができます(例えば、遠隔地の不動産管理を現地の業者に委託するなど)。
これらの権限は、遺言者の意思を確実に実現するために不可欠なものです。
誰が遺言執行者になれる?(選任方法)
遺言執行者は、どのようにして選任されるのでしょうか。主な方法は以下の3つです。
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遺言による指定(最も一般的): 遺言者が、遺言書の中で特定の人(または法人)を遺言執行者として指定する方法です。これが最も一般的で、遺言者の信頼する人を選ぶことができます。
- 誰を指定できるか: 成年の個人であれば、相続人、受遺者、友人、知人など、誰でも指定できます。また、法人(信託銀行や弁護士法人、行政書士法人など)を指定することも可能です。
- 専門家の指定: 相続手続きは専門的な知識を要するため、行政書士、弁護士、司法書士、税理士といった法律や税務の専門家を遺言執行者に指定するケースも増えています。専門家であれば、中立公正な立場で、法的に適正かつスムーズに手続きを進めることが期待できます。
- 複数指定も可能: 遺言執行者は1人である必要はなく、複数人を指定することもできます。
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第三者への指定の委託: 遺言者が遺言書の中で、特定の人(例えば、信頼する友人や専門家など)に対し、「私の遺言執行者を指定してください」と、その選任を委託することもできます。委託された人は、遅滞なく遺言執行者を指定し、それを相続人に通知します。
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家庭裁判所による選任: 遺言書で遺言執行者の指定がない場合や、指定された人が就任を拒否したり、死亡したり、解任されたりした場合で、なおかつ遺言執行者が必要な状況(例えば、遺贈の履行や子の認知など)においては、利害関係人(相続人、受遺者、債権者など)が家庭裁判所に遺言執行者の選任を申し立てることができます。家庭裁判所は、事情を考慮して適任者を選任します。
遺言執行者になれない人(欠格事由)
法律上、以下の人は遺言執行者になることができません(民法1009条)。
- 未成年者
- 破産者で復権を得ない者(つまり、破産手続開始の決定を受け、まだ免責許可決定が確定していないなどの方)
上記以外であれば、基本的には誰でも遺言執行者になる資格がありますが、実際にその職務を適切に遂行できるかどうかという「適格性」は別問題です。
遺言執行者を指定する大きなメリット
遺言書で遺言執行者を指定しておくことには、多くのメリットがあります。
- 相続手続きの円滑化と迅速化: 専門知識を持つ遺言執行者が、中立的な立場でリーダーシップを発揮し、煩雑な相続手続きを計画的かつ効率的に進めることができます。
- 相続人の負担軽減: 相続人は、慣れない手続きや書類作成、金融機関等とのやり取りなどから解放され、時間的・精神的な負担が大幅に軽減されます。特に、相続人が遠方に住んでいたり、仕事で忙しかったりする場合には大きな助けとなります。
- 相続人間の紛争予防: 遺言執行者が第三者的な立場で公平に職務を行うことで、相続人間の感情的な対立や疑心暗鬼が生じるのを防ぎ、円満な相続の実現に貢献します。
- 遺言内容の確実な実現: 特に、遺贈の履行や子の認知といった、特定の相続人の協力だけでは難しい内容も、遺言執行者がいれば法的な権限に基づいて確実に実行することができます。遺言者の最後の意思が尊重されます。
遺言執行者の報酬について
遺言執行者の報酬は、以下のように定められます。
- 遺言で定める場合: 遺言者が遺言書の中で報酬額や算定方法を定めることができます。
- 家庭裁判所が定める場合: 遺言に報酬の定めがない場合でも、遺言執行者は、相続財産の状況その他の事情を考慮して、家庭裁判所に報酬付与の審判を申し立てることができます。
- 専門家や法人に依頼する場合の報酬: 行政書士、弁護士、信託銀行などの専門家や法人に遺言執行を依頼する場合は、それぞれの報酬規程に基づいて報酬が定められます。通常、相続財産の価額に応じた一定割合となることが多いですが、事前に確認しておくことが重要です。
遺言執行者と行政書士の関わり
行政書士は、遺言執行者として、また遺言執行に関するサポート役として、以下のような形で皆様のお役に立つことができます。
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行政書士を遺言執行者に指定するメリット:
- 法律と実務の専門家: 行政書士は、相続に関する法律や手続き、書類作成に精通しており、適正かつスムーズな執行業務が期待できます。
- 中立・公正な立場: 相続人間の利害にとらわれず、遺言者の意思を忠実に実現するために、中立的かつ公正な立場で職務を遂行します。
- 他の専門家との連携: 必要に応じて、不動産登記は司法書士、相続税申告は税理士、紛争解決は弁護士といった他の専門家と緊密に連携し、ワンストップに近い形でサポートを提供できます。
- 遺言書作成からの関与: 遺言書の作成段階から関与していれば、遺言者の真意や財産の状況を深く理解しているため、より適切な執行業務が可能です。
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行政書士による具体的なサポート:
- 遺言書作成時のアドバイス: 遺言執行者の必要性や、誰を候補者とすべきかについて、ご状況に応じたアドバイスを行います。
- 行政書士自身の遺言執行者への就任: ご依頼に基づき、行政書士が遺言執行者として就任し、責任をもって遺言内容の実現をサポートします。
- 家庭裁判所への選任申立書の作成支援: 遺言執行者が指定されていない場合に、相続人などからの依頼を受けて、家庭裁判所への選任申立書の作成を支援します。
- 遺言執行者の業務サポート: 親族などが遺言執行者に就任した場合に、その方が行うべき職務(財産目録の作成、各種手続きの書類作成など)を、法務・事務面からサポートすることも可能です。
遺言執行者の選任は、遺言の効果を確実にするための重要なポイントです。
まとめ:遺言執行者は、あなたの想いを未来へ繋ぐ実行者
今回は、遺言者の最終意思を実現するためのキーパーソンである「遺言執行者」について、その役割、権限、選任方法などを詳しく解説しました。
- 遺言執行者は、遺言内容を具体的に実現するために必要な手続きを行う重要な役割を担う。
- 遺言執行者を指定することで、相続手続きが円滑に進み、相続人の負担軽減や紛争予防に繋がる。
- 信頼できる専門家(行政書士など)を遺言執行者に指定することは、遺言内容を確実に実現するための有効な選択肢の一つ。
遺言書を作成する際には、誰に財産を遺すかという内容だけでなく、「誰にその実現を託すか」という遺言執行者の選任についても、ぜひ併せてご検討ください。それが、あなたの想いを確かな形で未来へ繋ぐための、大切な一歩となるでしょう。
次回は、第19回「遺言書が見つかったら?~開封前の注意点と「検認」手続き~」と題して、相続が開始し、遺言書(特に自筆証書遺言など)を発見した場合に、相続人が何をすべきか、特に開封前の注意点や家庭裁判所での検認手続きについて詳しく解説していきます。