
相続セミナー 第21回:新しい財産管理・承継の形「家族信託」とは?~基本的な仕組み~
「最近よく『家族信託』って言葉を耳にするけど、一体どんな制度なの?」「財産管理や相続の新しい方法らしいけど、難しそう…」
いつも「相続セミナー」ブログをお読みいただきありがとうございます。前回までのご案内を経て、いよいよ今回から【第3部:民事信託(家族信託)の活用】が本格的にスタートいたします!
この第3部で取り上げる「家族信託」は、ここ数年、テレビや雑誌、新聞などでも頻繁に取り上げられるようになり、関心をお持ちの方も多いのではないでしょうか。しかし、その一方で、「言葉は知っているけれど、具体的にどのような仕組みなのかはよく分からない」という方が大半かもしれません。
そこで、第3部の幕開けとなる今回は、まず「家族信託とは何か?」という基本的なところから、その仕組みや主な登場人物、目的などを分かりやすく解説していきます。この記事をお読みいただくことで、家族信託の「キホン」が理解でき、なぜこの制度が現代において注目されているのか、その一端が見えてくるはずです。従来の相続対策とは異なる、財産管理や承継の新しい選択肢としての可能性を感じていただければ幸いです。
まずは「信託」の基本イメージ~財産を信頼して「託す」こと~
「家族信託」を理解する前に、まず「信託」という言葉の基本的な意味合いを押さえておきましょう。
「信託」とは、ごく簡単に言えば、**「信頼できる人に自分の財産を託し、その財産を特定の目的のために、特定の人(受益者)のために管理・運用・処分してもらう」**という法律上の制度です。
信託には、信託銀行や信託会社などが事業として、つまり営利を目的として行う「商事信託(しょうじしんたく)」と、営利を目的とせず、個人や一般法人が特定の目的のために行う「民事信託(みんじしんたく)」があります。今回から解説していく「家族信託」は、この民事信託の一つの形態で、特に家族や親族間で活用されるものを指します。
「家族信託」とは?~家族の未来を守るオーダーメイドの財産管理・承継~
「家族信託」とは、文字通り、ご自身の財産(不動産、預貯金、株式など)の管理や承継を、信頼できる家族や親族(場合によっては親族以外の信頼できる個人や法人も)に託す仕組みのことです。
商事信託とは異なり、営利を目的とせず、主に以下のような家族の想いを実現するために活用されます。
- 高齢になった親の財産管理を、子がサポートできるようにしたい。
- 自分が認知症などになっても、財産が凍結されることなく、家族が困らないようにしたい。
- 障がいのある子の将来の生活を、自分が亡くなった後も継続的に支えたい。
- 事業をスムーズに後継者に引き継ぎたい。
- 自分の死後、まずは配偶者に財産を遺し、配偶者の死後は子供たちへ、というように、数世代にわたる承継の希望を叶えたい。
家族信託の大きな特徴は、当事者間の契約によって、非常に柔軟な内容の設計が可能であるという点です。法律の範囲内であれば、ご家族の状況や希望に合わせて、まさに「オーダーメイド」の財産管理・承継の仕組みを作ることができるのです。
家族信託の主な登場人物~3つの大切な役割~
家族信託の仕組みを理解する上で、まず押さえておきたいのが、以下の3つの主な登場人物(役割)です。
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委託者(いたくしゃ):財産を託す人 信託を設定する人で、自分の財産を信頼できる人に託します。通常は、財産の元の所有者です。 (例:高齢の父親、障がいのある子の将来を心配する親など)
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受託者(じゅたくしゃ):財産を託され、管理・運用・処分する人 委託者から財産を託され、信託契約で定められた目的に従って、受益者のためにその財産を管理・運用・処分する権限を持ちます。委託者との強い信頼関係が不可欠であり、通常は子や配偶者などの家族がなりますが、信頼できる友人や専門家、一般社団法人などが受託者になることも可能です。受託者は、法律や信託契約に基づき、善管注意義務や忠実義務といった様々な責任を負います。
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受益者(じゅえきしゃ):信託された財産から利益を受ける人 信託された財産(信託財産)から生じる利益(例えば、賃貸不動産からの家賃収入、預貯金の利息、生活費や医療費としての給付など)を受け取る権利を持つ人です。多くの場合、最初は委託者自身が受益者となり(自益信託といいます)、委託者が亡くなった後などは、別の人が受益者となる(他益信託)ように設計することも可能です。
これらの関係性を簡単な図で示すと、以下のようになります。
(ここに、委託者 →(信託契約・財産移転)→ 受託者 →(信託利益の給付)→ 受益者、というシンプルな関係図を挿入するイメージです。)
【具体例でイメージ】 例えば、高齢のAさん(委託者)が、将来の認知症による資産凍結を心配し、所有する賃貸アパートと預貯金を、信頼する長男Bさん(受託者)に家族信託で託したとします。 信託契約により、Aさん(受益者)は、引き続き賃貸アパートの家賃収入や預貯金から生活費を受け取ることができます。長男Bさんは、受託者としてアパートの管理や修繕、預貯金の管理などを行います。 もしAさんが認知症になり判断能力が低下したとしても、長男Bさんが受託者として財産管理を継続できるため、Aさんの生活を守ることができます。 さらに、Aさんが亡くなった後は、その賃貸アパートからの収益や残った信託財産を、Aさんの妻Cさん(第二受益者)が受け取るように設定することも可能です。
このように、家族信託は、登場人物の組み合わせや信託契約の内容次第で、様々なニーズに対応できる柔軟性を持っています。
家族信託の主な目的と「できること」
家族信託は、具体的にどのような目的で利用され、どのようなことが実現できるのでしょうか。主なものをいくつかご紹介します。(これらは今後のブログで、それぞれ詳しく解説していきます。)
- 認知症などによる資産凍結対策(財産管理機能): 判断能力が低下する前に、信頼できる家族に財産の管理権限を移しておくことで、本人の判断能力が低下した後も、受託者が本人の意思に沿って預貯金の引き出しや不動産の売却、契約の締結などをスムーズに行えるようにします。
- 円滑な財産承継・事業承継(資産承継機能): 遺言では実現が難しい、二次相続以降の財産の承継先を指定する(例えば、「自分が亡くなったら妻に、妻が亡くなったら長男に」といった受益者連続型信託)ことが可能です。また、事業用資産や自社株式を後継者である受託者に信託することで、経営権の安定化や円滑な事業承継を図ることができます。
- 障がいのある子などの生活支援(福祉型信託・親なき後問題対策): 親御さんが亡くなった後も、障がいのあるお子さんの生活資金や身上監護について、信頼できる受託者(親族や福祉専門職など)が長期的にサポートできる仕組みを作ることができます。
- 共有不動産の管理・処分の円滑化: 相続などで共有名義となった不動産は、管理や処分に共有者全員の同意が必要となり、意思決定が難しくなることがあります。これを信託することで、受託者が代表して効率的な管理・処分を行えるようにします。
これらの他にも、ペットのための信託(ペット信託)や、特定の目的のための寄付信託など、様々な活用方法が考えられます。
家族信託と他の制度との簡単な違い
家族信託のイメージをより掴むために、遺言や成年後見制度といった他の制度との簡単な違いに触れておきましょう。(詳しい比較は今後のブログで行います。)
- 遺言との違い: 遺言は、遺言者が亡くなった後に初めて効力が生じるもので、主に死後の財産承継について定めます。一方、家族信託は、生前に契約を締結し、生前の財産管理から死後の承継まで、長期にわたる財産管理・承継の仕組みを作ることができます。また、遺言では原則として二次相続以降の指定はできませんが、家族信託では可能な場合があります。
- 成年後見制度との違い: 成年後見制度は、本人の判断能力が不十分になった後に、家庭裁判所が後見人等を選任し、本人の財産を「保護」することを主目的とします。そのため、財産の積極的な運用や柔軟な組み換え(例えば、相続税対策のための不動産売却など)には制約が多く、手続きも煩雑な場合があります。一方、家族信託は、本人が元気なうちに、自らの意思で信頼できる家族に財産管理を託し、契約内容に基づいてより柔軟な財産管理・活用が可能です。
このように、家族信託は、既存の制度では対応しきれなかったニーズに応えることができる、新しい選択肢として注目されているのです。
家族信託を始めるには?~「信託契約」が全ての基本~
家族信託は、原則として、財産を託す人(委託者)と、財産を託される人(受託者)との間で締結される**「信託契約」**によってスタートします。この信託契約書には、以下のような非常に重要な事項を具体的に定める必要があります。
- 信託の目的(何のために信託をするのか)
- 信託する財産(何を信託するのか)
- 委託者、受託者、受益者(誰がそれぞれの役割を担うのか)
- 受託者の権限(どこまでの財産管理・処分ができるのか)
- 受益者の権利(どのような利益を受けられるのか)
- 信託期間(いつまで信託を続けるのか)
- 信託が終了した場合の残った財産の帰属先
- その他、様々な個別具体的な取り決め
この信託契約書の内容が、家族信託の全てを決めると言っても過言ではありません。そのため、作成には高度な専門知識と、将来を見据えた慎重な設計が不可欠です。
家族信託と行政書士の関わり~オーダーメイドの設計をお手伝い~
家族信託は、その自由度の高さゆえに、設計が複雑になりがちです。安易にインターネット上の雛形などを利用すると、法的に問題が生じたり、意図した通りの効果が得られなかったりするリスクがあります。
行政書士は、契約書作成の専門家であり、また相続や遺言に関する深い知識も有しています。家族信託の組成においては、以下のような重要な役割を担うことができます。
- 家族信託に関するコンサルティング: まず、皆様のご家族の状況、お悩み、将来へのご希望などを丁寧にヒアリングします。その上で、家族信託が本当に最適な解決策なのか、他の制度(遺言、成年後見など)との比較検討も含めて、専門家の視点からアドバイスします。
- オーダーメイドの信託契約書の設計・作成支援: ご家族の想いを最大限に実現できるよう、法的に有効で、かつ将来にわたって円滑に機能する「オーダーメイド」の信託契約書の原案作成を支援します。信託の目的、財産の種類、関係者の権利義務などを具体的に落とし込みます。
- 関係者間の調整サポート: 家族信託は、委託者、受託者、受益者となるご家族全員の理解と協力が不可欠です。行政書士が中立的な立場で、それぞれの想いや懸念を調整し、円満な合意形成をサポートします。
- 必要書類の収集や公証役場との連携サポート: 信託契約をより確実なものとするために、公正証書として作成する場合の手続き(公証人との打ち合わせ、必要書類の準備など)をサポートします。
家族信託は、ご家族の未来を守るための強力なツールとなり得ますが、その設計と実行には専門家の適切なサポートが欠かせません。
まとめ:家族信託は、未来への想いを繋ぐ新しい架け橋
今回は、【第3部】のスタートとして、「家族信託とは何か」その基本的な仕組みや登場人物、目的について解説しました。
- 家族信託は、財産を信頼できる家族に託し、特定の目的のために管理・承継してもらうオーダーメイドの仕組み。
- 主な登場人物は、財産を託す「委託者」、託される「受託者」、利益を受ける「受益者」。
- 認知症による資産凍結対策や、円滑な財産承継、障がいのある子の生活支援など、様々な目的に活用できる可能性がある。
- 始めるには「信託契約」の締結が基本となり、その内容は専門家と共に慎重に設計する必要がある。
家族信託は、まだ新しい制度ではありますが、従来の相続対策では難しかった課題を解決し、ご家族の「想い」をより柔軟に、より長期的に実現できる可能性を秘めています。
次回は、第22回「なぜ今、家族信託が注目されるのか?~超高齢社会の課題解決策~」と題して、家族信託が現代社会においてなぜこれほどまでに必要とされ、注目を集めているのか、その背景にある社会的な課題と、それに対する家族信託の役割について、さらに深く掘り下げていきます。