
相続セミナー 第24回:遺言 vs 成年後見 vs 家族信託~メリット・デメリット徹底比較~
「財産の管理や将来の相続のことを考えると、どんな準備をしておけばいいんだろう…」「遺言のことは少し分かったけど、成年後見制度や最近よく聞く家族信託とは何が違うの?」
これまでの相続セミナーでは、【第2部】で「遺言」について、【第3部】の初回で「家族信託」の基本的な仕組みについて解説してきました。ご自身の財産をどのように管理し、誰にどのように引き継いでいくか、その方法には様々な選択肢があります。しかし、それぞれの制度が持つ特徴やメリット・デメリットを正確に理解しないままでは、ご自身の本当の目的に合った最適な方法を選ぶことは難しいかもしれません。
そこで今回は、財産管理や承継のための代表的な3つの法的制度である「遺言」「成年後見制度」「家族信託」を取り上げ、それぞれの特徴、メリット、デメリットを徹底的に比較しながら解説していきます。
この記事をお読みいただくことで、各制度がどのような目的や状況に適しているのか、そしてご自身やご家族にとってどの選択肢が最も有効なのかを判断するための、具体的なヒントが得られるはずです。
なぜ比較が必要なのか?~目的とタイミングで最適な手段は異なる~
まず、なぜこれらの制度を比較する必要があるのでしょうか。それは、それぞれの制度が持つ「得意なこと」と「不得意なこと」があり、ご自身が「いつから(効力発生時期)」「誰のために(受益者・被後見人など)」「何を(財産管理・承継・身上監護など)」実現したいのかという目的や、対策を講じるタイミングによって、最適な手段が大きく異なってくるからです。
一つの制度だけで全てのニーズをカバーできるわけではなく、場合によっては複数の制度を組み合わせて利用することが最も効果的なケースもあります。それぞれの特徴を正しく理解し、ご自身の状況に照らし合わせて検討することが、後悔のない選択への第一歩となります。
それでは、各制度を詳しく見ていきましょう。
制度①:遺言(いごん)~主に「ご自身の死後」の財産承継を指定~
- 概要(おさらい): 遺言とは、ご自身の最終意思として、亡くなった後に誰にどの財産をどのように相続させるか(または遺贈するか)を指定する法的な文書です。(詳しくは【第2部】参照)
- メリット:
- ご自身の意思に基づいて、法定相続分とは異なる割合で財産の分け方を自由に指定できます。
- 法定相続人以外の人(内縁の配偶者、友人、お世話になった方、慈善団体など)にも財産を遺すこと(遺贈)が可能です。
- 相続人間の無用な争い(「争続」)を予防する効果が期待できます。
- 作成方法によっては費用を抑えることができます(例:自筆証書遺言)。
- 公正証書遺言であれば、家庭裁判所の検認が不要で、偽造・変造のリスクも低く、確実性が高いです。
- デメリット・限界:
- 効力が発生するのは、あくまで遺言者が亡くなった後です。したがって、生前の財産管理や、ご自身が認知症などになった場合の対策としては機能しません。
- 原則として、ご自身の次の相続人への財産の渡し方しか指定できず、その先の承継(二次相続以降)までコントロールすることは困難です。
- 自筆証書遺言の場合、法務局の保管制度を利用しなければ、方式不備による無効リスク、紛失・隠匿・改ざんのリスクがあり、相続開始後には家庭裁判所での検認手続きが必要です。
- 遺留分(一定の相続人に保障される最低限の取り分)を侵害する内容の遺言は、後に遺留分侵害額請求をされる可能性があります。
- 主な活用場面: 主に、ご自身の死後の財産分配について明確な意思を示したい場合、特定の相続人や第三者に特定の財産を確実に遺したい場合、相続人間のトラブルを予防したい場合などに有効です。
制度②:成年後見制度(せいねんこうけんせいど)~「判断能力低下後」の財産保護と身上監護~
- 概要: 認知症、知的障がい、精神障がいなどにより、ご自身の判断能力が不十分になった方を法律的に保護し、支援するための制度です。
- 法定後見: 本人の判断能力が既に低下している場合に、家庭裁判所が後見人・保佐人・補助人(以下「後見人等」)を選任します。
- 任意後見契約: 本人がまだ元気なうちに、将来判断能力が低下した場合に備えて、あらかじめご自身で信頼できる人(任意後見受任者)を選び、財産管理や身上監護に関する事務内容を定めて公正証書で契約しておくものです。本人の判断能力が低下した後、家庭裁判所が任意後見監督人を選任することで効力が発生します。
- メリット:
- 判断能力が低下した本人の財産を、法的な権限を持つ後見人等が保護・管理できます。
- 本人が悪質な契約を結んでしまったり、詐欺被害に遭ったりするのを防ぐことができます。
- 財産管理だけでなく、身上監護(生活や療養看護に関する契約手続きの代理など)も行われます。
- 法定後見は、本人の判断能力が低下した後でも、必要に応じて申立てにより利用を開始できます。
- デメリット・限界:
- 主目的は「本人の財産保護」であり、積極的な財産活用や柔軟な相続対策(例:生前贈与、不動産の組み換えなど)は原則として難しいです。本人の居住用不動産を処分するには家庭裁判所の許可が必要など、制約が多くあります。
- 法定後見の場合、後見人等は家庭裁判所が選任するため、必ずしも家族が選任されるとは限りません。弁護士や司法書士などの専門職後見人が選任されることも多く、その場合は報酬が発生します。
- 一度制度が開始されると、原則として本人が亡くなるまで、または判断能力が回復するまで継続します(途中で任意にやめることはできません)。
- 後見人等は、定期的に家庭裁判所に財産状況などを報告する義務があり、事務処理が煩雑です。
- 主な活用場面: 本人の判断能力が既に低下している、または将来低下した場合に、その方の財産を確実に守り、生活や療養に関する支援が必要な場合に有効です。特に、頼れる親族がいない場合や、親族間で財産管理について争いがあるような場合には、中立的な第三者である専門職後見人が関与することのメリットがあります。
制度③:家族信託(かぞくしんたく)~「生前から死後まで」の柔軟な財産管理・承継~
- 概要(おさらい): 財産を持つ人(委託者)が、その財産の管理・運用・処分を信頼できる人(受託者)に託し、受託者はその財産から生じる利益を特定の人(受益者)のために給付するという、契約に基づく財産管理・承継の仕組みです。(詳しくは第21回、第22回ブログ参照)
- メリット:
- 生前の元気なうちから、ご自身の判断能力が低下した後、さらには亡くなった後まで、長期にわたる財産管理と承継の計画をオーダーメイドで設計できます。
- 委託者(本人)の意思に基づいて、受託者(家族など)が柔軟な財産管理・処分(不動産の売却や賃貸、預貯金の管理、必要な契約の締結など)を行えます。成年後見制度よりも財産活用の自由度が高いのが特徴です。
- 認知症などによる「資産凍結」を効果的に予防できます。
- 二次相続以降の受益者を指定する(受益者連続型信託)ことで、数世代にわたる財産承継の希望を実現できる可能性があります。
- 遺言の機能(死後の財産承継の指定)と、生前からの財産管理機能を併せ持つことができます。
- 信託契約で定めることにより、受託者が破産しても信託財産は原則として影響を受けない「倒産隔離機能」があります(受託者の固有財産とは分別管理されるため)。
- デメリット・限界:
- 身上監護機能はありません。 財産管理は行えますが、介護の手配や入退院の手続きといった身上監護は受託者の職務ではありません(別途、任意後見契約と組み合わせるなどの工夫が必要)。
- 信頼できる受託者のなり手がいないと利用できません。 受託者は重い責任を負うため、引き受けてくれる人が必要です。
- 全ての財産が信託できるわけではありません(例:年金受給権などの一身専属的な権利、農地の一部など、法律で制限があるもの)。
- 比較的新しい制度であるため、判例の蓄積がまだ十分でない分野もあります。
- 信託契約書の設計や作成が複雑であり、専門家のサポートが不可欠です。そのため、初期費用(専門家への報酬など)がかかる場合があります。
- 税務上の取り扱い(特に受益者等課税信託の場合)が、通常の財産所有と異なる場合があり、信託設定時や受益者変更時などに贈与税や相続税、不動産取得税などが課税されることがあるため、税理士などの専門家との連携が重要です。
- 主な活用場面: 認知症による資産凍結を防ぎたい、生前から円滑な財産管理と将来の承継を計画的に行いたい、障がいのある子の将来の生活を守りたい、事業承継をスムーズに進めたい、二次相続以降の財産の行き先を指定したいなど、従来の制度では対応が難しかった多様なニーズに応えることができます。
3つの制度の比較まとめ表
(この表はあくまで一般的な比較であり、個別の状況によって詳細は異なります。)
どの制度を選ぶべきか?~目的と状況に応じた最適な使い分け~
ここまで見てきたように、遺言、成年後見制度、家族信託は、それぞれに特徴があり、得意とする分野が異なります。「どれか一つが絶対的に優れている」というわけではなく、ご自身の目的やご家族の状況、財産の内容などを総合的に考慮して、最適な制度を選択する、あるいは複数の制度を効果的に組み合わせて利用することが重要です。
- 「自分の死後、財産をこう分けてほしい」という意思が明確で、生前の財産管理に特に不安がない場合 ⇒ 「遺言」が基本的な選択肢となるでしょう。
- 「既に判断能力が低下しており、財産保護や身上のサポートが必要だ」という場合 ⇒ 「法定後見制度」の利用を検討することになります。
- 「まだ元気だが、将来の判断能力低下に備えたい。身上のことも含めて信頼できる人に任せたい」という場合 ⇒ 「任意後見契約」と「遺言」を組み合わせる方法が考えられます。
- 「まだ元気だが、認知症になった後も自宅を売却して施設費用に充てたい、あるいは事業をスムーズに後継者に任せたい。自分の死後、さらにその先の財産の行方も決めたい」という、より積極的で柔軟な生前からの財産管理・承継を望む場合 ⇒ 「家族信託」が有力な選択肢となり、必要に応じて遺言や任意後見契約を補完的に組み合わせることも有効です。
制度選択と行政書士の役割~あなたに最適なプランをご提案~
どの制度がご自身にとって最適なのか、また、複数の制度をどのように組み合わせればよいのかを判断するのは、専門的な知識がないと難しいかもしれません。
行政書士は、皆様の身近な法律家として、以下のようなサポートを提供できます。
- 現状のヒアリングと課題の明確化: まず、ご家族の状況、財産の内容、将来へのご希望やお悩みなどを丁寧にお伺いし、何を解決したいのか、どのような状態を目指したいのかを一緒に明確にします。
- 各制度のメリット・デメリットの説明と最適なプランの提案: 遺言、成年後見制度、家族信託のそれぞれの特徴を分かりやすくご説明し、ご依頼者の状況と目的に照らして、どの制度(または複数の制度の組み合わせ)が最も適しているのか、具体的なプランをご提案します。
- 各制度の利用支援:
- 遺言書作成サポート: 自筆証書遺言の作成アドバイスから、最も確実な公正証書遺言の起案・作成支援まで、トータルでサポートします。
- 成年後見制度利用支援: 将来に備える任意後見契約書の作成サポートや、法定後見制度を利用する場合の家庭裁判所への申立書類作成支援(申立て代理は弁護士・司法書士)を行います。
- 家族信託の設計・契約書作成支援: ご家族の想いを形にするオーダーメイドの信託契約書の設計から作成まで、専門家として責任をもってサポートします。
- 関連専門家との連携: 必要に応じて、弁護士(紛争解決)、司法書士(不動産登記)、税理士(税務申告)、公証人(公正証書作成)など、他の専門家と緊密に連携し、ワンストップで包括的なサポートを提供できるよう努めます。
「何から相談していいか分からない」という方も、どうぞご安心ください。まずは行政書士にご相談いただくことで、問題解決への道筋が見えてくるはずです。
まとめ:それぞれの制度を理解し、賢く選択・活用しよう
今回は、財産管理と承継のための代表的な3つの制度、「遺言」「成年後見制度」「家族信託」について、それぞれのメリット・デメリットを比較しながら解説しました。
- 遺言: 主に死後の財産承継の意思を示すもの。生前の対策には不向き。
- 成年後見制度: 判断能力低下後の財産保護と身上監護が主目的。財産活用の柔軟性は低い。
- 家族信託: 生前から死後まで、本人の意思に基づいた柔軟な財産管理・承継が可能。資産凍結対策に有効。
これらの制度は、それぞれに目的や機能が異なり、得意とする場面も異なります。ご自身の状況や将来への希望をよく考え、それぞれの制度の特性を理解した上で、最適なものを選択したり、効果的に組み合わせたりすることが、後悔のない、安心できる未来への準備につながります。
次回は、いよいよ家族信託の具体的な活用事例に入ります。第25回「こんなお悩みありませんか? 家族信託の具体的な活用事例①~認知症対策~」と題して、家族信託が最も効果を発揮するケースの一つである「認知症による資産凍結対策」について、具体的な事例を交えながら詳しく解説していきます。