
相続セミナー第27回 :こんなお悩みありませんか? 家族信託の具体的な活用事例③ ~不動産・自社株の共有回避~
みなさん、こんにちは。「相続・遺言・家族信託お役立ちブログ」へお越しいただき、ありがとうございます。このブログでは、相続、遺言、そして民事信託(家族信託)に関する情報を、専門家である行政書士の視点から、分かりやすく、そして実践的な情報をお届けしています。
前回の第26回相続セミナーでは、「障がいのあるお子さんの親なき後問題」という切実なテーマに対し、家族信託がいかに有効な支援策となり得るか、具体的な事例を交えて解説いたしました。親御さんの深い愛情を未来へつなぐための一助となれば幸いです。
そして今回の第27回では、相続においてしばしば問題となる「財産の共有状態」、特に「不動産や自社株の共有をどう回避するか」という課題に焦点を当てます。「兄弟で相続した実家、どう管理すればいいの?」「会社の株が分散して経営が不安定にならないか心配…」そんなお悩みを抱える方々へ、家族信託がどのようにスマートな解決策を提示できるのか、具体的な活用事例を通じて詳しくご説明してまいります。
この記事が、大切な財産を円滑に次世代へ承継し、「争族」を未然に防ぐための一つの指針となれば幸いです。
なぜ「財産の共有」は避けるべきなのでしょうか?
相続が発生すると、複数の相続人がいる場合、遺産分割協議がまとまるまでは、遺産は相続人全員の「共有」状態となります。また、遺産分割の結果、不動産や自社株などを敢えて共有名義のままにしておくケースも見受けられます。しかし、この「共有」という状態は、後々さまざまな問題を引き起こす火種となり得るのです。
【不動産の共有が引き起こすリスク】
- 意思決定の遅延・停滞: 共有名義の不動産を売却したり、賃貸に出したり、大規模な修繕を行ったりするには、原則として共有者全員の同意が必要です。一人でも反対する人がいれば、話が進みません。意見がまとまらず、不動産が有効活用されないまま放置されてしまうこともあります。
- 管理の負担と責任の曖昧化: 固定資産税の支払いや、日常的な管理(清掃、小規模修繕など)は誰がどのように行うのか、費用負担はどうするのか、といった問題が生じやすくなります。
- 相続による共有者の増加: 共有者の一人が亡くなると、その持分はさらにその相続人へと引き継がれます。ネズミ算式に共有者が増え、関係性が希薄な遠い親戚までが共有者となるケースも。こうなると、意思統一はますます困難になります。
- 共有物分割請求のリスク: 共有者の一人が「共有状態を解消したい」と考えた場合、共有物分割請求という法的手続きによって、不動産が競売にかけられ、望まない形で現金化されてしまう可能性もあります。
- 利用したい人が利用できない: 例えば、兄弟の一人が実家に住み続けたいと願っても、他の共有者の同意が得られなければ、安心して住み続けることが難しくなる場合があります。
【自社株の共有が引き起こすリスク(特に中小企業)】
- 経営の不安定化: 会社の株式が複数の相続人に分散し共有状態になると、株主総会での議決権行使が円滑に行えなくなる可能性があります。経営方針を巡って株主間で意見が対立し、迅速な経営判断ができなくなれば、会社の成長を阻害する要因となりかねません。
- 事業承継の障害: 後継者へスムーズに経営権を集中させたいと考えていても、株式が共有名義のままでは、その実現が難しくなります。
- 株式の散逸・流出リスク: 共有者の中に経営に関心のない人がいたり、経済的に困窮している人がいたりすると、その人の持分が会社にとって好ましくない第三者に売却されてしまうリスクが生じます。
- 相続税納税資金の問題: 株式を相続したものの、経営に関与しない相続人が相続税の納税資金に困り、会社に株式の買い取りを求めてくるケースなど、予期せぬ資金流出が発生する可能性もあります。
このように、不動産や自社株の共有は、その後の管理・運営・承継において多くの困難をもたらす可能性があるのです。
家族信託で「共有」のリスクを回避する仕組み
では、どうすればこれらの「共有」リスクを回避できるのでしょうか。その有効な手段の一つが「家族信託」です。
家族信託の基本的な仕組みは、財産を持つ人(委託者)が、その財産(信託財産)を信頼できる人(受託者)に託し、受託者は委託者があらかじめ定めた目的(信託目的)に従って、特定の人(受益者)のためにその財産を管理・処分するというものです。
この仕組みを「共有回避」に応用すると、以下のようになります。
- 委託者(親など): 共有状態にしたくない不動産や自社株を持つ人。
- 信託財産: 共有を避けたい不動産や自社株そのもの。
- 受託者(特定の相続人、専門家など): 委託者が選んだ、財産を管理・運営するのに最も適した一人(または少数)。この受託者に財産の名義が集約されます。
- 受益者(相続人たち): 不動産からの賃料収入や、自社株からの配当など、信託財産から生じる経済的な利益を受け取る権利を持つ人たち。相続人全員を受益者とすることで、経済的な公平性を保ちます。
つまり、財産の名義(所有権や議決権)は信頼できる受託者一人に集約して管理・運営の安定と効率化を図りつつ、そこから得られる経済的な利益は相続人間で公平に分配する、という形を実現できるのです。これにより、実質的な共有状態を避けながらも、各相続人の権利を守ることができます。
遺言では、誰にどの財産を渡すかは指定できますが、その後の管理方法や、共有状態を長期的にコントロールすることは困難です。家族信託であれば、契約によってより柔軟かつ具体的な管理・運営ルールを定め、長期にわたってその実効性を保つことが期待できます。
【具体的な活用事例①】賃貸アパートの共有を回避し、円滑な経営承継を実現したC様のケース
まずは、不動産の共有回避に家族信託を活用した事例です。
<C様ご一家の状況>
- ご相談者: C様(70代・賃貸アパート数棟のオーナー)
- ご家族: 長男Eさん(40代・C様のアパート経営を手伝っている)、長女Fさん(40代・専業主婦で遠方に居住)、次男Gさん(30代・会社員)
- 主な財産: 賃貸アパート(複数棟)、預貯金
- お悩み・ご希望:
- 「自分が亡くなった後、アパート経営を長男Eに任せたいが、他の子供たち(F、G)にも収益は公平に分配したい。」
- 「アパートを子供たち3人の共有名義にしてしまうと、将来の修繕や建て替えの際に意見がまとまらず、経営が立ち行かなくなるのではないか心配だ。」
- 「子供たちの間で揉め事が起きないように、今のうちから円滑な承継の道筋をつけておきたい。」
<行政書士による家族信託のご提案と設計サポート>
C様のご意向を受け、行政書士は以下の内容の家族信託契約をご提案しました。
- 委託者: C様
- 受託者: 長男Eさん(アパート経営のノウハウがあり、意欲もあるため)
- 受益者: 当初はC様。C様がお亡くなりになった後は、長男Eさん、長女Fさん、次男Gさんの3人が均等割合で受益権を取得。
- 信託財産: C様所有の賃貸アパート全てと、経営に必要な一定額の預貯金。
- 信託の主な目的:
- C様が存命中は、アパート経営から得られる収益をC様の生活費等に充てる。
- C様がお亡くなりになった後は、受託者Eさんが引き続きアパート経営を行い、そこから得られる収益(経費等を差し引いた後)を、受益者であるEさん、Fさん、Gさんに毎月均等に分配する。
- アパートの修繕、管理、新規入居者募集などの経営判断は、受託者Eさんの責任と権限において迅速に行う。
- 信託期間: C様がお亡くなりになった後、さらに30年間(例えば、子供たちが一定の年齢になるまでなど、具体的な期間を設定)。期間満了後は、アパートを売却して金銭で分配するか、または受益者全員の合意により信託を継続するかなどを定める。
- 信託監督人(任意): 税理士などの中立的な専門家、または長女Fさんや次男Gさんの中から選任し、受託者Eさんの業務執行を監督することも検討。
<家族信託契約締結によって得られた効果>
- 経営の安定と効率化: アパートの名義は受託者である長男Eさんに一本化されるため、修繕や入退去に関する意思決定がスムーズに行えるようになり、経営の安定化が図られました。
- 相続人間の公平性の確保: 経営はEさんが行いますが、収益はFさん、Gさんにも公平に分配されるため、経済的な不公平感が解消されました。
- 将来の「争族」リスクの低減: 不動産が共有名義になることを避けられたため、将来的に相続人が増えたり、意見が対立したりするリスクを大幅に減らすことができました。
- C様の意思の明確化: C様の「経営はEに任せたいが、他の子供たちにも配慮したい」という想いが、法的に有効な形で実現されました。
【具体的な活用事例②】自社株の散逸を防ぎ、安定的な事業承継を実現したD経営者のケース
次に、自社株の共有回避と事業承継に家族信託を活用した事例です。
<D経営者の状況>
- ご相談者: D様(60代・中小企業の創業者社長)
- ご家族: 長男Hさん(30代・D様の会社で常務として経営に参画、後継者予定)、長女Iさん(30代・結婚して家庭に入り、会社経営には関与していない)
- 主な財産: 自社株式(D様がほぼ100%所有)、自宅不動産、預貯金
- お悩み・ご希望:
- 「事業は長男Hに継がせたいが、長女Iにも相応の財産は遺したい。」
- 「自社株がHとIに相続され共有状態になると、経営に関心のないIが議決権を持つことになり、Hの経営判断に支障が出たり、最悪の場合、Iの持分が外部に流出したりするのではないかと心配だ。」
- 「Hにスムーズかつ安定的に経営権を承継させたい。」
<行政書士による家族信託のご提案と設計サポート>
D様のお悩みに対し、行政書士は議決権と受益権を分離する仕組みを活用した家族信託をご提案しました。
- 委託者: D様
- 受託者: 長男Hさん(後継者)
- 受益者: 当初はD様。D様がお亡くなりになった後は、長男Hさんと長女Iさんが、それぞれ指定された割合(例えば、経済的価値は均等だが、議決権行使に関する指図権はHさんに集中させるなど)で受益権を取得。
- 信託財産: D様が所有する自社株式全て。
- 信託の主な目的:
- D様が存命中は、株式からの配当等をD様が受け取る。議決権はD様の指図に基づき受託者Hさんが行使。
- D様がお亡くなりになった後は、自社株の議決権は受託者である長男Hさんが、会社の安定経営のために集約して行使する。
- 株式から得られる配当等の経済的利益は、受益権の割合に応じてHさんとIさんに分配する。
- 信託期間: 長男Hさんが経営を続ける限り、または一定期間など、事業の状況に合わせて設定。
- その他: 長女Iさんが持つ受益権の譲渡制限(会社にとって好ましくない第三者への流出防止)や、会社による受益権の買い取り条項などを設けることも検討。
<家族信託契約締結によって得られた効果>
- 後継者への経営権の安定的な集中: 自社株の名義と議決権が後継者である長男Hさんに集約されるため、経営の意思決定が迅速かつ安定的に行えるようになりました。
- 他の相続人への経済的配慮: 経営に関与しない長女Iさんにも、受益権という形で株式からの経済的利益を分配することで、相続人間の公平性を保ちました。
- 株式の散逸リスクの防止: 受益権の譲渡制限などを設けることで、株式が意図しない第三者に渡るリスクを低減しました。
- 円滑な事業承継の実現: D様の意思に基づき、後継者へのスムーズなバトンタッチと、会社の持続的な成長に向けた基盤が整備されました。
家族信託で「共有」を回避する際の注意点と成功のポイント
不動産や自社株の共有回避に家族信託を活用する際には、以下の点に注意し、専門家と慎重に検討を進めることが成功の鍵となります。
- 受託者の選任は慎重に: 財産管理・運営能力、信頼性、公平性、そして長期にわたる責任感を持てる人物(または法人)を選ぶことが最も重要です。
- 受益者間の公平性の確保: 経済的利益の分配方法や、財産の評価、情報開示のルールなどを明確に定め、受益者間の不公平感が生じないように配慮する必要があります。
- 信託契約内容の明確化と柔軟性: 受託者の権限と義務、報告体制、将来の状況変化(受益者の死亡、受託者の交代など)への対応策などを、具体的かつ明確に契約書に盛り込む必要があります。
- 税務上の影響の確認: 家族信託は、贈与税、相続税、所得税、法人税(自社株の場合)など、様々な税金に関わってきます。特に自社株信託は税務が複雑になるケースが多いため、必ず信託に詳しい税理士に相談し、シミュレーションを行うなどして、税務上の影響を十分に理解しておく必要があります。
- 遺留分への配慮: 他の相続人の遺留分を侵害するような信託設計は、将来の紛争の原因となり得ます。遺留分については、弁護士などの専門家にも相談しながら慎重に検討しましょう。
家族信託がもたらす「争族」予防と円滑な資産・事業承継の実現
不動産や自社株の共有状態は、時として家族間に深刻な亀裂を生み、「争族」へと発展する大きな要因となります。家族信託は、このような共有状態を未然に防いだり、既に共有となっているものを解消したりすることで、相続を巡る無用な争いを減らす効果が期待できます。
そして何よりも、親(委託者)の「誰にどのように財産を管理・承継してほしいか」という明確な意思を、法的な裏付けをもって具体的に実現できる点が、家族信託の最大の魅力の一つと言えるでしょう。それは、単に財産を分けるだけでなく、家族の絆や事業の理念といった、目に見えない大切な価値を次世代へと繋いでいくことにも繋がるのです。
事業承継・資産承継における行政書士の役割とサポート
不動産や自社株の承継、特に「共有回避」を目的とした家族信託の組成は、法務・税務・経営など、多岐にわたる専門知識が求められる複雑なプロセスです。私たち行政書士は、みなさまの「想い」をかたちにするための羅針盤となり、円滑な資産承継・事業承継の実現を全力でサポートいたします。
家族信託の設計は、パズルを組み立てる作業に似ています。 ご家族の状況、財産の種類、将来への希望といったピースを一つひとつ丁寧にはめ込み、最適な「かたち」を創り上げていくのです。私たちは、その複雑なパズルを解き明かすための専門家として、以下のサポートをご提供します。
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現状分析と課題の明確化(ヒアリングとコンサルティング): まずは、みなさまが抱える課題、財産(不動産・自社株等)の詳細、ご家族構成、事業の状況、そして将来どのような形での承継を望んでいらっしゃるのかを、徹底的にヒアリングさせていただきます。その上で、共有リスクの具体的な所在を明らかにし、家族信託が本当に有効な解決策となるのか、他の選択肢(遺言、生前贈与、成年後見など)と比較検討しながら、最適な方向性を見極めます。
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オーダーメイドの信託スキームのご提案と設計: ヒアリング内容と分析結果に基づき、不動産や自社株の特性、ご家族の状況に合わせた、完全オーダーメイドの信託スキーム(委託者、受託者、受益者の設定、信託財産の範囲、信託目的、受託者の権限、受益者への利益分配方法、信託期間、残余財産の帰属先など)をご提案します。特に自社株の場合は、議決権の取り扱いが極めて重要となるため、経営権の安定と他の相続人への配慮のバランスを考慮した設計を心がけます。
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法的に有効かつ実効性のある信託契約書の作成支援: ご提案し、ご合意いただいた信託スキームに基づき、将来にわたって有効に機能し、かつ法的な紛争リスクを最小限に抑えるための、詳細かつ明確な信託契約書の案を作成します。専門用語は分かりやすく解説し、みなさまが完全に内容を理解し、納得されるまで、丁寧にサポートいたします。必要に応じて、公正証書での作成手続きも支援します。
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関係専門家とのシームレスな連携: 家族信託の組成には、多くの場合、他の専門家の協力が不可欠です。例えば、不動産の信託登記は司法書士、複雑な税務判断は税理士、遺留分に関する法的な助言は弁護士といったように、それぞれの専門分野があります。私たちは、これらの専門家と緊密に連携を取り、プロジェクト全体が円滑に進むよう、コーディネーターとしての役割も果たします。
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信託開始後のサポートと見直し(ご要望に応じて): 信託契約は、作って終わりではありません。社会状況の変化やご家族の状況の変化に合わせて、定期的に契約内容を見直すことも重要です。受託者の方への運営アドバイスや、信託監督人としての関与など、信託開始後のサポートについても、ご要望に応じて柔軟に対応いたします。
私たちは、単に法律手続きの専門家としてだけでなく、みなさまの想いに寄り添い、共に悩み、最善の未来をデザインするパートナーでありたいと考えています。
まとめ:大切な財産を「共有」の軛から守り、次世代へ円滑に繋ぐ。家族信託という羅針盤
今回の「相続セミナー」では、相続における悩みの種となりやすい「不動産・自社株の共有」という問題に対し、家族信託がいかに有効な解決策となり得るか、具体的な事例を交えながら解説してまいりました。
「共有」という状態は、時として、大切な家族の絆を揺るがし、守り育ててきた事業の未来をも不確かにする可能性があります。 しかし、諦める必要はありません。判断能力が明晰なうちに、先を見据えた対策を講じることで、これらのリスクは確実に低減できます。
家族信託は、まさにそのための強力な羅針盤です。親の想いを法的な力で裏付け、財産の円滑な管理と承継を実現し、次世代の安心と繁栄へと繋いでいく。それは、単なる財産問題の解決に留まらず、家族の物語を未来へと紡いでいくための、賢明な選択と言えるでしょう。
「うちの不動産も、将来共有になったら揉めそうだ…」「会社の株、後継者にスムーズに渡せるだろうか…」 もし、このようなご心配事が少しでもあるならば、どうかお一人で悩まず、まずは私たちのような専門家にご相談ください。それぞれの状況を丁寧にお伺いし、家族信託を含めた最善の選択肢を一緒に考え、その実現に向けて全力でサポートさせていただきます。行動を起こすなら、「今」です。
次回の「相続・遺言・家族信託お役立ちブログ」第28回相続セミナーでは、「家族信託の始め方 ~契約書作成と専門家選びのポイント~」というテーマでお届けします。実際に家族信託を検討し始めるにあたり、どのようなステップで進めていけばよいのか、契約書作成の注意点、そして何よりも重要な信頼できる専門家をどのように選べばよいのか、具体的なポイントを分かりやすく解説する予定です。どうぞお楽しみに。