
相続セミナー第32回 :相続財産の調査と評価 ~財産目録の作成ポイント~
なさん、こんにちは。「相続・遺言・家族信託お役立ちブログ」へお越しいただき、ありがとうございます。このブログでは、相続、遺言、そして民事信託(家族信託)に関する情報を、専門家である行政書士の視点から、分かりやすく、そして実践的な情報をお届けしています。
前回の第31回相続セミナーでは、相続手続きのまさに第一歩である「戸籍収集と相続人調査の進め方」について詳しく解説いたしました。誰が法的な相続人なのかを正確に確定させることが、全ての相続手続きの揺るがぬ土台となることをご理解いただけたかと存じます。
さて、相続人が確定したら、次に取り組むべき非常に重要なステップがあります。それは、「亡くなった方(被相続人)が、どのような財産をどれだけ遺したのか」を正確に把握すること、すなわち「相続財産の調査と評価」です。そして、その結果を分かりやすくまとめた「財産目録の作成」も欠かせません。
「財産なんて、だいたい分かっているつもりだけど…」「借金もあるかもしれないけど、どうやって調べればいいの?」そんな疑問や不安をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。今回の第32回では、この相続財産の調査・評価の具体的な方法と、その後の手続きに不可欠な財産目録作成のポイントについて、詳しくご説明してまいります。
この記事を最後までお読みいただければ、相続財産を網羅的に調査し、適切に評価するための基本的な知識、そして分かりやすい財産目録を作成するための秘訣が身につき、その後の遺産分割や相続税申告といった手続きにスムーズに進むための一助となるはずです。
なぜ「相続財産の調査」がこれほどまでに重要なのでしょうか?
相続財産の調査は、単に「何があるかを確認する」というだけでなく、その後の相続手続き全体を左右する、極めて重要な意味を持っています。
- 遺産分割協議の絶対的な前提となるから: 相続人全員で遺産の分け方を話し合う「遺産分割協議」を行うためには、まず「何を」「どれだけ」分けるのかという対象財産が明確になっていなければ、建設的な話し合いは不可能です。財産の全体像が見えないまま協議を進めると、後から新たな財産が見つかったり、評価に食い違いが生じたりして、紛争の原因となりかねません。
- 相続放棄・限定承認の判断に不可欠だから: 被相続人に借金などのマイナスの財産が多い場合、相続人は「相続放棄」(全ての財産を放棄する)や「限定承認」(プラスの財産の範囲内でのみマイナスの財産を承継する)といった選択をすることができます。これらの手続きは、原則として相続開始を知った時から3ヶ月以内という短い期間内に行う必要があり、そのためには、プラスの財産とマイナスの財産の両方を迅速かつ正確に把握することが絶対条件となります。
- 相続税申告の要否判断と正確な計算の基礎となるから: 相続財産の総額が基礎控除額を超える場合には、相続税の申告・納税が必要となります(申告期限は相続開始を知った日の翌日から10ヶ月以内)。相続税がかかるかどうか、かかる場合はいくらになるのかを判断し、正確に計算するためには、全ての相続財産を網羅的に把握し、適切に評価することが不可欠です。
- 後々のトラブルを未然に防ぐため: 財産の調査が不十分で、後から隠れた財産や借金が見つかった場合、相続人間で不公平感が生じたり、既に成立した遺産分割協議をやり直さなければならなくなったりと、深刻なトラブルに発展する可能性があります。徹底した財産調査は、相続人間の信頼関係を保ち、円満な解決を図るための基礎となります。
このように、相続財産の調査は、その後のあらゆる相続手続きの方向性を決定づける、まさに羅針盤のような役割を果たすのです。
何を調べる?相続財産の主な種類と具体的な調査方法
相続財産には、不動産や預貯金といったプラスの財産(積極財産)だけでなく、借金などのマイナスの財産(消極財産)も含まれます。その両方を漏れなく調査することが重要です。
① プラスの財産(積極財産)の調査
- 不動産(土地・建物など):
- 調査対象: 自宅、賃貸アパート・マンション、店舗、工場、山林、農地、駐車場など。
- 調査方法:
- 名寄帳(なよせちょう): 市区町村役場の固定資産税課などで取得できます。被相続人がその市区町村内に所有していた不動産の一覧が記載されており、不動産調査の出発点となります。
- 固定資産税・都市計画税の納税通知書: 毎年4月~6月頃に送られてきます。所有不動産の明細や評価額が記載されています。
- 権利証(登記識別情報通知): 不動産の権利関係を証明する重要な書類です。大切に保管されているはずです。
- 登記事項証明書(登記簿謄本): 法務局で取得できます。不動産の所在地、面積、所有者などの詳細な情報が記載されています。
- 預貯金(普通預金・定期預金など):
- 調査方法:
- 預金通帳・キャッシュカード・証書: 手がかりとなります。
- 金融機関への照会: 被相続人が取引していた可能性のある金融機関(銀行、信用金庫、ゆうちょ銀行など)に対し、相続人であることを証明する戸籍謄本等と本人確認書類を提示して、口座の有無や残高を照会します。「残高証明書」(相続開始日時点)や「取引履歴」の取得を依頼します。
- 調査方法:
- 有価証券(株式・投資信託・国債など):
- 調査方法:
- 証券会社等からの郵便物: 「取引報告書」「残高報告書」「配当金計算書」などが手がかりになります。
- 証券会社への照会: 取引のあった証券会社に、預かり資産の明細や評価額を照会します。
- 株券(現物): かつて発行されていた紙の株券が見つかることもあります(現在は電子化が主流)。
- 調査方法:
- 生命保険金・死亡退職金:
- 生命保険金: 被相続人が保険料を負担し、特定の相続人が受取人に指定されている場合、その保険金は受取人固有の財産とされますが、相続税の計算上は「みなし相続財産」として扱われることがあります。保険証券や保険会社からの通知を探し、保険会社に照会します。
- 死亡退職金: 勤務先から遺族に支払われるもので、これも「みなし相続財産」として相続税の対象となることがあります。勤務先に確認します。
- 自動車・貴金属・美術品などの動産:
- 調査方法: 車検証(自動車)、購入時の契約書や領収書、保証書、鑑定書(貴金属・美術品など)を探します。現物を直接確認することも重要です。
- その他:
- 貸付金・売掛金: 借用書や契約書、帳簿などを確認します。
- ゴルフ会員権、リゾート会員権: 会員証や契約書を確認します。
- 知的財産権(著作権・特許権など): 登録証や契約書を確認します。
② マイナスの財産(消極財産)の調査
プラスの財産だけでなく、借金などのマイナスの財産も相続の対象となります。こちらの調査も非常に重要です。
- 借金・ローン(住宅ローン、カードローン、キャッシングなど):
- 調査方法: 金銭消費貸借契約書、ローン返済予定表、督促状、クレジットカードの利用明細などを探します。被相続人宛の郵便物も重要な手がかりです。
- 個人信用情報機関への照会: CIC、JICC、KSCといった信用情報機関に、相続人から被相続人の信用情報を照会することで、借入状況を把握できる場合があります(ただし、全ての借入が網羅されるわけではありません)。
- 未払いの税金・社会保険料・公共料金など:
- 調査方法: 納税通知書、督促状、領収書などを確認します。不明な場合は、管轄の役所や関係機関に問い合わせます。
- 保証債務(連帯保証など):
- 被相続人が誰かの借金の連帯保証人になっていた場合、その保証債務も相続されます。保証契約書や債権者からの通知などがないか確認します。これは発見が難しい場合もあるため、注意が必要です。
- その他: 買掛金、未払費用、損害賠償義務など。
相続財産の「評価」はどうする?基本的な考え方
相続財産を調査し、その内容が明らかになったら、次にそれぞれの財産を金銭的に評価する必要があります。これは、遺産分割の際の公平性を保つため、また、相続税申告の基礎となるためです。
相続財産の評価は、原則として「相続開始時(被相続人が亡くなった時点)の時価」で行います。
主な財産の評価方法の概要は以下の通りです(詳細な評価は税理士などの専門家にご相談ください)。
- 不動産:
- 土地: 国税庁が定める「路線価」に基づいて評価する「路線価方式」(主に市街地)と、固定資産税評価額に一定の倍率を乗じて評価する「倍率方式」(主に郊外や農村部)があります。
- 建物: 原則として、固定資産税評価額で評価します。
- 預貯金: 相続開始日の預金残高で評価します。既経過利息も考慮する場合があります。
- 上場株式: 以下のいずれかのうち、最も低い価額で評価します。
- 相続開始日の終値
- 相続開始月の毎日の終値の月平均額
- 相続開始月の前月の毎日の終値の月平均額
- 相続開始月の前々月の毎日の終値の月平均額
- 生命保険金: 受け取った保険金の額が評価額となりますが、相続税の計算上は「500万円 × 法定相続人の数」という非課税枠があります。
- その他の財産:
- 自動車: 中古車市場の売買実例価額や買取業者の査定額などを参考に評価します。
- 貴金属・美術品: 精通者の鑑定評価額や売買実例価額を参考にします。
評価が特に難しい財産としては、非上場株式(取引相場のない株式)、同族会社の株式、書画骨董、ゴルフ会員権などが挙げられます。これらは評価方法が複雑であったり、専門的な知識が必要となったりするため、税理士や不動産鑑定士、美術品鑑定士といった専門家の評価を求めることが不可欠です.
調査結果の集大成!「財産目録」作成のすすめ
相続財産の調査と評価が終わったら、その結果を一覧表にまとめた「財産目録」を作成しましょう。
財産目録とは、被相続人が遺したプラスの財産とマイナスの財産の種類、詳細、数量、評価額などを、分かりやすく整理して記載したリストのことです。
財産目録を作成する主なメリットは以下の通りです。
- 遺産分割協議の円滑化: 相続人全員が財産の全体像を正確に共有できるため、冷静かつ建設的な話し合いを進めるための基礎資料となります。
- 相続放棄・限定承認の判断材料: プラスの財産とマイナスの財産のバランスが一目で分かり、適切な判断を下すのに役立ちます。
- 相続税申告の基礎資料: 相続税の申告が必要な場合、財産目録は申告書作成の重要な基礎資料となります。
- 相続人間の透明性と公平性の確保: 財産の内容がオープンになることで、隠し事や不公平感といった疑念が生じるのを防ぎ、相続人間の信頼関係を維持するのに役立ちます。
財産目録に記載すべき主な項目は以下の通りです。
- 表題: 「相続財産目録」
- 被相続人の氏名・死亡年月日・最後の住所・本籍
- 作成年月日・作成者の氏名
- プラスの財産の部:
- 財産の種別(例:不動産、預貯金、有価証券、自動車など)
- 財産の詳細(例:土地なら所在地・地番・地目・面積、預貯金なら金融機関名・支店名・口座種類・口座番号、株式なら銘柄・株数など)
- 数量
- 評価額(相続開始時点の時価)
- 備考(特記事項があれば)
- マイナスの財産の部:
- 債務の種類(例:借入金、未払金、保証債務など)
- 債権者名
- 債務額(相続開始時点の残高)
- 備考
- 財産の合計額: プラスの財産の合計額、マイナスの財産の合計額、純資産額(差引合計額)
財産目録を作成する際は、正確性、網羅性、そして誰が見ても分かりやすいことを心がけましょう。財産の種類ごとに分類し、評価の根拠となる資料(残高証明書や評価証明書のコピーなど)を添付しておくと、より信頼性が高まります。
相続財産の調査・評価・目録作成における行政書士の役割
相続財産の調査、評価、そして財産目録の作成は、正確性と網羅性が求められる、骨の折れる作業です。特に、お忙しい方や、煩雑な手続きが苦手な方にとっては、大きな負担となり得ます。
私たち行政書士は、相続手続きの専門家として、みなさまのこのようなご負担を軽減し、円滑な相続の実現をサポートいたします。
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相続財産調査の的確なアドバイスとサポート: どのような財産を、どのように調査すればよいのか、具体的な方法や必要書類について分かりやすくアドバイスいたします。また、金融機関への残高証明書の請求手続きの代行や、不動産関連書類の収集支援など、調査実務のサポートも行います。
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法的に整理された「財産目録」の作成支援: 調査結果に基づき、法務局や税務署、金融機関などへの提出にも耐えうる、正確で分かりやすい財産目録の作成を支援いたします。これにより、その後の遺産分割協議や各種手続きがスムーズに進むようお手伝いします。
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各種機関とのやり取りに関する助言: 金融機関や役所、証券会社など、財産調査の過程で必要となる様々な機関とのやり取りについて、適切な進め方や注意点をアドバイスします。
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他の専門家との適切な連携・橋渡し: 相続財産の評価において、税理士(特に相続税評価)や不動産鑑定士などの専門的な評価が必要となる場合には、信頼できる専門家をご紹介し、スムーズな連携が図れるようサポートいたします。行政書士は、相続手続き全体のコーディネーターとしての役割も担います。
私たちは、みなさまが相続財産の全体像を正確に把握し、その後の手続きに安心して臨めるよう、親身になってお手伝いすることをお約束します。
まとめ:財産調査は相続の羅針盤。正確な把握が円満解決への道。
今回の「相続セミナー」では、相続手続きの重要なステップである「相続財産の調査・評価」と、その結果をまとめる「財産目録の作成」について詳しく解説してまいりました。
相続財産の正確な把握は、まさに相続全体の方向性を定める「羅針盤」です。 プラスの財産もマイナスの財産も、全てを洗い出し、その価値を客観的に評価することで初めて、相続人全員が納得できる遺産分割や、適切な相続税申告、そして将来の紛争予防へと繋がっていきます。
この作業は、時に煩雑で時間を要するものですが、ここを疎かにしてしまうと、後々取り返しのつかない事態を招くこともあります。ご自身で進めるのが難しいと感じられた場合は、決して一人で抱え込まず、私たち行政書士のような専門家のサポートを積極的にご活用ください。
次回の「相続・遺言・家族信託お役立ちブログ」第33回相続セミナーでは、「遺産分割協議の進め方 ~相続人全員の合意形成のために~」というテーマでお届けします。相続人が確定し、相続財産の全容も明らかになった後、いよいよ遺産の分け方を具体的に話し合う「遺産分割協議」です。この協議を円満に進めるためのポイントや注意点について、詳しく解説する予定です。どうぞご期待ください。