
相続セミナー第39回 :株式・投資信託の相続手続き ~証券会社での流れ~
みなさん、こんにちは。「相続・遺言・家族信託お役立ちブログ」へお越しいただき、ありがとうございます。このブログでは、相続、遺言、そして民事信託(家族信託)に関する情報を、専門家である行政書士の視点から、分かりやすく、そして実践的な情報をお届けしています。
前回の第38回相続セミナーでは、「不動産の相続手続き(相続登記)」と題し、2024年4月から義務化された相続登記の重要性や申請方法の基本について詳しく解説いたしました。不動産という大切な財産を確実に次世代へ繋ぐためのご理解が深まったことと存じます。
さて、預貯金や不動産と並んで、現代の相続財産としてよく見られるものに、「株式」や「投資信託」といった有価証券があります。故人が証券会社に口座を持ち、これらの金融商品を保有していた場合、相続人はどのような手続きを行えばよいのでしょうか。「証券会社の口座も凍結されるの?」「株の名義変更はどうすればいいの?」といった疑問をお持ちの方も多いことでしょう。
そこで今回の第39回では、「株式・投資信託の相続手続き ~証券会社での流れ~」というテーマで、これらの有価証券を相続する際の具体的な手続きの流れ、一般的に必要となる書類、そして押さえておくべきポイントや注意点などを、分かりやすく解説してまいります。
この記事を最後までお読みいただければ、株式や投資信託といった有価証券の相続手続きの全体像が掴め、証券会社とのやり取りにも安心して臨めるようになるはずです。
なぜ株式・投資信託の相続手続きが必要なのでしょうか?
被相続人(亡くなった方)が株式や投資信託を保有していた場合、その名義を相続人に変更するための手続きが必要となります。なぜなら、
- 被相続人名義のままでは権利行使ができない: 株式を売却したり、配当金を受け取ったり、株主総会で議決権を行使したりといったことは、原則として正当な名義人でなければできません。
- 遺産分割の対象として確定させるため: 株式や投資信託も相続財産の一部です。誰がどの有価証券を相続するのかを遺産分割協議などで決定し、法的に有効な形で承継する必要があります。
- 相続税申告の際に正確な評価と報告が必要なため: 相続税の申告が必要な場合、株式や投資信託も相続開始時点の時価で評価し、相続財産として申告しなければなりません。
- 証券会社の口座も実質的に凍結されるため: 金融機関の預貯金口座と同様に、証券会社も口座名義人の死亡の事実を知ると、原則としてその口座での取引を制限します(実質的な凍結状態)。これにより、相続財産を保全し、相続人間のトラブルを防ぐためです。
したがって、相続人がこれらの有価証券の権利を正式に引き継ぎ、適切に管理・運用・処分するためには、証券会社で所定の相続手続きを行うことが不可欠なのです。
株式・投資信託 相続手続きの主な流れ(ステップ・バイ・ステップ)
証券会社や相続の状況によって細部は異なりますが、株式や投資信託の相続手続きは、一般的に以下の流れで進みます。
ステップ1:証券会社への連絡と相続発生の申出
まず、被相続人が取引口座を持っていたと思われる証券会社に連絡を取り、口座名義人が亡くなったことを伝えます。 * 連絡事項: 被相続人の氏名、死亡年月日、口座番号(分かれば)、連絡者の氏名・連絡先・被相続人との続柄などを伝えます。 * 今後の手続きの確認: 今後の相続手続きに必要な書類や手順について、証券会社の担当者(通常は相続専門の部署や担当者がいます)から説明を受け、必要書類のリストや所定の申請書(相続手続依頼書など)を送ってもらうよう依頼します。 * 「残高証明書」や「取引履歴」の請求: 遺産分割協議や相続税申告(財産評価)のために、相続開始日(被相続人の死亡日)時点の「残高証明書」(保有銘柄、株数、評価額などが記載)や、必要に応じて過去の「取引履歴」の発行を依頼します。
ステップ2:必要書類の収集
証券会社から指示された必要書類を収集します。預貯金の相続手続きと同様に、戸籍謄本や印鑑証明書などが共通して求められますが、証券会社独自の書類も必要となります(詳細は後述)。
ステップ3:遺産分割協議の完了(または遺言書の確認)
相続財産である株式や投資信託を、どの相続人が、どのように相続するのかを確定させます。 * 遺言書がある場合: 遺言書の内容に従って、有価証券の取得者が決まります。 * 遺言書がない場合: 相続人全員で遺産分割協議を行い、合意内容を記した「遺産分割協議書」を作成します。
ステップ4:相続人名義の証券口座の開設(必要な場合)
相続した株式や投資信託を受け入れる(移管する)ためには、その有価証券を相続する相続人が、被相続人が取引していた証券会社に自分名義の証券口座を持っている必要があります。 * もし口座を持っていない場合は、新たにその証券会社で口座を開設する手続きが必要になります。この口座開設にも、本人確認書類やマイナンバーなどの提出が求められます。
ステップ5:証券会社への書類提出と手続き依頼
収集した全ての必要書類と、証券会社所定の相続手続依頼書(株式名義書換請求書など、証券会社によって名称が異なります)に必要事項を記入・押印し、証券会社の窓口に提出するか、郵送で送付します。
ステップ6:株式・投資信託の名義変更(移管)の完了
提出した書類に不備がなければ、証券会社内で審査が行われ、手続きが進められます。 * 通常、数週間から1ヶ月程度(銘柄や証券会社、手続きの混雑状況によって異なります)で、被相続人の口座から相続人の口座へ、株式や投資信託が移管(名義変更)されます。 * 手続きが完了すると、証券会社からその旨の通知があります。
ステップ7:単元未満株(端株)の取り扱いに関する確認
株式には「単元株制度」があり、通常100株や1000株を1単元として取引されます。相続によって1単元に満たない株式(単元未満株または端株)が発生した場合、その株式は市場で売買できないことがあります。 * この場合、証券会社を通じて、その株式を発行している会社に買い取ってもらう「買取請求」の手続きや、逆に不足分を買い増して1単元にする「買増請求」の手続き(会社が対応している場合)が必要になることがあります。相続手続きの際に、証券会社に確認しましょう。
証券会社での相続手続きに一般的に必要な主な書類
必要書類は、取引先の証券会社や相続のパターン(遺言の有無、相続人の数など)によって異なりますので、必ず事前に手続きを行う証券会社に詳細を確認することが最も重要です。 ここでは、一般的に必要となる主な書類を挙げます。
① 被相続人(亡くなった方)に関する書類
- 出生から死亡までの連続した戸籍謄本(除籍謄本、改製原戸籍謄本を含む): 相続関係を確定するために必須です。
- 住民票の除票(または戸籍の附票): 被相続人の最後の住所地等を確認します。
② 相続人全員に関する書類
- 現在の戸籍謄本(または戸籍抄本): 相続人の現在の身分関係を証明します。
- 印鑑証明書: 証券会社所定の書類に押印する実印の証明として、発行から3ヶ月または6ヶ月以内のものを求められるのが一般的です。相続人全員分が必要となるケースが多いです。
③ 有価証券の分け方(相続方法)に応じた書類
- 遺言書がある場合:
- 遺言書(原本または写し): 公正証書遺言の場合はその謄本。自筆証書遺言の場合は、家庭裁判所の「検認済証明書」が付されたもの、または法務局の自筆証書遺言保管制度を利用した場合は「遺言書情報証明書」。
- 遺言執行者がいる場合: 遺言執行者の選任審判書謄本(家庭裁判所で選任された場合)や、遺言書で指定されている場合はその旨が分かる部分、遺言執行者の印鑑証明書など。
- 遺産分割協議による場合:
- 遺産分割協議書(原本): 相続人全員が署名し、実印を押印したもの。これに相続人全員の印鑑証明書を添付します。
④ 証券会社所定の書類
- 相続手続依頼書(株式名義書換請求書、相続届など): 証券会社ごとに独自の書式があります。通常、相続発生の申し出後に送られてきます。
- 被相続人の取引口座に関する情報: 口座番号などが分かるもの(取引報告書、口座開設時の控えなど)があれば、手続きがスムーズに進みます。
⑤ その他、状況に応じて必要となる書類の例
- 相続放棄をした相続人がいる場合: その相続人の「相続放棄申述受理証明書」(家庭裁判所発行)。
- 株式等を相続する相続人の本人確認書類のコピー(運転免許証、マイナンバーカードなど)。
- 株式等を相続する相続人の証券口座情報(口座開設が別途必要な場合あり)。
繰り返しになりますが、これらの書類はあくまで一般的な例です。必ず事前に取引先の証券会社に確認し、指示に従って準備を進めてください。
株式・投資信託 相続手続きのポイントと注意点
株式や投資信託の相続手続きをスムーズに進めるためには、いくつかのポイントと注意点があります。
- ポイント1:取引していた証券会社の特定が第一歩 故人がどの証券会社で取引をしていたのかを特定する必要があります。自宅に送られてくる「取引報告書」「残高報告書」「配当金支払通知書」といった郵便物や、メール、通帳の引き落とし履歴、遺品のメモなどが手がかりになります。複数の証券会社を利用していた可能性も考慮しましょう。
- ポイント2:株式の評価は相続税申告に重要 相続税の申告が必要な場合、相続した株式や投資信託は、相続開始日(被相続人の死亡日)の時価で評価する必要があります。上場株式の場合、課税時期の最終価格、課税時期の月の毎日の最終価格の月平均額など、いくつかの評価方法のうち最も低いものを選べるため、税理士などの専門家に相談することをお勧めします。
- ポイント3:NISA口座・iDeCo(個人型確定拠出年金)の取り扱いに注意
- NISA口座: NISA口座で保有されていた株式や投資信託は、相続人のNISA口座にそのまま移管することはできません。原則として、被相続人の死亡によりNISA口座は廃止され、その中の有価証券は相続人の特定口座や一般口座といった課税口座へ払い出される(移管される)ことになります。その後の売却益や配当金は課税対象となります。
- iDeCo: iDeCoの加入者が亡くなった場合、その資産は原則として「死亡一時金」として遺族(あらかじめ受取人が指定されていればその人、指定がなければ法定相続人)が受け取ることになります。これは相続財産とは別に扱われるため、相続放棄をしても受け取れる場合があります。ただし、税法上は「みなし相続財産」として相続税の課税対象となることがあります。
- ポイント4:未公開株式(非上場株式)の場合は手続きが異なる 上場株式と異なり、市場で取引されていない未公開株式(主に中小企業の株式など)の相続手続きは、証券会社を通さず、その株式を発行している会社と直接やり取りをする必要があります。株主名簿の書き換えを会社に請求することになります。また、その評価も非常に専門的で複雑になるため、税理士などの専門家の協力が不可欠です。
- ポイント5:外国株式・外国投資信託の場合はさらに複雑に 故人が外国の株式や投資信託を保有していた場合、国内の有価証券の相続手続きに加えて、その国の法律や税制が関わってくるため、手続きがさらに煩雑になる可能性があります。国際的な相続に詳しい専門家への相談が必要となるでしょう。
- ポイント6:手続き完了までには時間がかかることも 必要書類の収集から、証券会社での審査、名義書換(移管)まで、手続き完了には数週間から数ヶ月程度の時間がかかることもあります。特に、株主名簿管理人(信託銀行など)が介在する銘柄の場合は、時間を要する傾向があります。余裕を持ったスケジュールで進めましょう。
株式・投資信託の相続と行政書士のサポート
株式や投資信託の相続手続きは、必要書類が多く、証券会社ごとの手順も確認しなければならず、また、相続人の確定や遺産分割協議といった前提となる手続きも正確に行う必要があります。
私たち行政書士は、相続手続きの専門家として、みなさまがこれらの有価証券の相続を円滑に進められるよう、以下のようなサポートをご提供できます。
証券会社とのやり取りや複雑な書類準備は、いわば「相続という航海の海図読み」。私たちは、その海図を正確に読み解き、みなさまの船が安全かつ効率的に目的地に到着できるようお手伝いします。
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相続人調査(戸籍収集)の代行:
- 証券会社の相続手続きにも必須となる、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本や、相続人全員の戸籍謄本などの収集を、行政書士の職務上請求権限を用いて代行し、相続関係を正確に確定させます。
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遺産分割協議書の作成支援:
- 株式や投資信託を誰がどのように相続するかについての合意内容を、法的に有効な遺産分割協議書として作成するサポートをいたします。その際、有価証券を特定するための正確な記載方法(銘柄、株数、口座情報など)についてもアドバイスします。
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証券会社への連絡代行や必要書類の問い合わせサポート:
- みなさまに代わって証券会社に連絡を取り、相続手続きに必要な書類や手順について確認し、リストアップします。
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証券会社所定の相続手続依頼書等の作成サポート:
- 証券会社ごとに異なる相続手続依頼書や株式名義書換請求書などの作成をお手伝いし、記入漏れやミスを防ぎます。
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手続き全体の流れの説明と進捗管理に関する助言:
- 複数の証券会社に口座がある場合でも、それぞれの進捗状況を整理し、手続き全体がスムーズに進むようアドバイスします。
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他の専門家との連携・橋渡し:
- 株式の評価や相続税申告が必要な場合には税理士を、未公開株式の名義書換で会社との交渉が必要な場合や紛争が生じた場合には弁護士を、といったように、それぞれの専門分野に応じて、信頼できる専門家をご紹介し、スムーズな連携が図れるようサポートします。
行政書士に依頼することで、みなさまは煩雑な書類準備や確認作業の負担を軽減し、専門的な知見に基づいた適切なアドバイスを受けながら、安心して手続きを進めることができます。
まとめ:有価証券の相続も計画的に。専門家と連携し確実な承継を。
今回の「相続セミナー」では、株式や投資信託といった有価証券の相続手続きについて、その流れ、必要書類、そして押さえておくべきポイントや注意点を詳しく解説してまいりました。
故人が大切に運用してきた株式や投資信託も、他の相続財産と同様に、相続人が確実に引き継ぐためには、正確な書類準備と計画的な手続きの進行が不可欠です。 特に、証券会社ごとに手続きの細部が異なる場合があったり、NISA口座や未公開株式といった特殊なケースでは注意が必要だったりすることを、ご理解いただけたかと存じます。
まずは、故人がどの証券会社で取引をしていたのかを特定し、早めに連絡を取って指示を仰ぐことが大切です。そして、ご自身での手続きに不安を感じたり、時間的な制約があったりする場合には、私たち行政書士のような専門家のサポートを検討することも、円滑な解決への有効な手段です。専門家は、みなさまの状況に合わせた最適な進め方を提案し、大切な資産の確実な承継をお手伝いします。
次回の「相続・遺言・家族信託お役立ちブログ」第40回相続セミナーでは、「相続トラブル事例とその回避策 ~よくある揉めごとパターン~」というテーマでお届けします。残念ながら相続は時として「争族」となってしまうことがあります。実際に起こりやすいトラブルのパターンとその原因を知り、そうした事態を未然に防ぐための具体的な対策について詳しく解説する予定です。どうぞご期待ください。