
相続セミナー第41回 :相続人と連絡が取れない場合 ~不在者財産管理人・失踪宣告~
みなさん、こんにちは。「相続・遺言・家族信託お役立ちブログ」へお越しいただき、ありがとうございます。このブログでは、相続、遺言、そして民事信託(家族信拓)に関する情報を、専門家である行政書士の視点から、分かりやすく、そして実践的な情報をお届けしています。
前回の第40回相続セミナーでは、「相続トラブル事例とその回避策」と題し、実際に起こりやすい揉め事のパターンとその予防策について詳しく解説いたしました。事前の準備と適切な対応が、円満な相続の鍵となることをご理解いただけたかと存じます。
さて、相続手続きを進める上での大前提は、相続人全員の協力と参加です。遺産分割協議はもちろんのこと、多くの手続きで相続人全員の意思確認や署名押印が求められます。しかし、時には「相続人の一人とどうしても連絡が取れない」「どこに住んでいるのか、生きているのかすら分からない」といった困難な状況に直面することがあります。
このような場合、相続手続きは一体どうなってしまうのでしょうか? 諦めるしかないのでしょうか?
今回の第41回では、このような八方塞がりの状況を打開するための法的な手段、「相続人と連絡が取れない場合 ~不在者財産管理人・失踪宣告~」というテーマでお届けします。連絡が取れない相続人がいる場合に、どのように対応し、相続手続きを進めていくことができるのか、その具体的な制度と手続きの概要について、詳しくご説明してまいります。
この記事を最後までお読みいただければ、困難な状況下でも相続手続きを進めるための法的な知識を得て、適切な専門家と共に解決への道筋を見出すための一助となるはずです。
なぜ「連絡が取れない相続人」がいると困るのか?
相続人の中に一人でも連絡が取れない、あるいは行方不明の方がいると、相続手続きは様々な場面で大きな壁に突き当たります。
- 遺産分割協議が進められない: 遺産分割協議は、原則として相続人全員の参加と合意が必要です。一人でも欠けた状態で行われた協議は法的に無効となってしまいます。
- 不動産の相続登記ができない: 不動産を特定の相続人の名義にするためには、遺産分割協議書や相続人全員の同意書などが必要となるため、連絡が取れない相続人がいると、名義変更ができません。相続登記の義務化(3年以内)にも対応できなくなります。
- 預貯金の解約・払い戻しができない: 金融機関も、相続人全員の同意や署名押印を求めるのが一般的です。そのため、預貯金を引き出すことができず、凍結されたままになってしまいます。
- 相続税の申告・納税に支障が出ることも: 相続税の申告は、相続人各自が行うものですが、遺産分割が未了の場合、法定相続分で一旦申告するなどの対応が必要となり、後の精算手続きが煩雑になることがあります。また、納税資金の確保も難しくなる場合があります。
- 長期間放置すると問題がさらに複雑化する: 連絡が取れない相続人を放置したまま時間が経過すると、その相続人が亡くなって新たな相続が発生したり(数次相続)、他の相続人も高齢化したりと、権利関係がますます複雑になり、解決がより一層困難になるリスクがあります。
このように、連絡が取れない相続人の存在は、相続手続き全体の停滞と、将来的なトラブルの大きな原因となり得るのです。
ケース1:生きている可能性が高いが所在不明 → 「不在者財産管理人」の選任
まず、相続人の所在は不明であるものの、生きている可能性が高いと考えられる場合に利用できるのが、「不在者財産管理人(ふざいしゃざいさんかんりにん)」を選任する制度です。
不在者・不在者財産管理人とは?
- 不在者: 従来の住所または居所(生活の本拠)を去り、容易に戻ってくる見込みのない人のことを指します。単に連絡が取りにくいというだけではなく、どこにいるのか分からない状態です。
- 不在者財産管理人: この不在者に代わって、その人の財産を管理し、保存する役割を担う人です。さらに、家庭裁判所の許可を得れば、不在者の財産を処分したり、不在者が参加すべき遺産分割協議に参加したりすることもできます。通常、弁護士や司法書士といった法律専門家が家庭裁判所によって選任されるケースが多いです。
不在者財産管理人選任の手続き概要
- 申立先: 不在者の従来の住所地または居所地を管轄する家庭裁判所。
- 申立権者: 利害関係人(例えば、他の共同相続人、不在者の債権者など)または検察官。
- 主な必要書類(事案により異なります):
- 不在者財産管理人選任申立書
- 不在者の戸籍謄本、戸籍の附票
- 不在の事実を証する資料(例:警察への捜索願受理証明書、最後に連絡を取った時期を示す手紙やメール、関係者の陳述書など)
- 申立人の利害関係を証する資料(例:申立人が相続人であれば、被相続人の戸籍謄本や自身の戸籍謄本など)
- 不在者の財産に関する資料(不動産登記事項証明書、預金通帳のコピーなど)
- 収入印紙、連絡用の郵便切手
- 予納金の必要性: 不在者財産管理人の報酬や管理費用に充てるため、家庭裁判所から数十万円~百万円程度の予納金の納付を求められることがあります。
不在者財産管理人の権限と役割
- 財産の保存行為: 不在者の財産の現状を維持するための行為(例:家屋の修繕など)。
- 家庭裁判所の許可を得て行う行為(権限外行為):
- 不在者の財産の売却、賃貸、担保設定
- 遺産分割協議への参加(不在者の法定相続分を確保する形で協議に参加します)
- 不在者のための訴訟行為 不在者財産管理人は、あくまで不在者の利益のために行動する義務を負います。
メリットとデメリット
- メリット: 不在者財産管理人を選任することで、行方不明の相続人がいても、その管理人が代わりに遺産分割協議に参加できるため、相続手続きを進めることが可能になります。
- デメリット:
- 選任までに数ヶ月程度の時間がかかることがあります。
- 予納金や管理人への報酬といった費用が発生します。
- 管理人は不在者の財産を守る立場なので、他の相続人にとって必ずしも有利な内容で協議がまとまるとは限りません。
ケース2:長期間にわたり生死不明 → 「失踪宣告」の申立て
次に、相続人が長期間にわたり生きているのか死んでいるのかすら全く分からない、という場合に検討されるのが「失踪宣告(しっそうせんこく)」の制度です。
失踪宣告とは?
失踪宣告とは、生死不明の状態が一定期間継続している人について、法律上、死亡したものとみなす家庭裁判所の手続きです。これにより、その人を中心とする法律関係を確定させ、残された家族などの負担を軽減することを目的としています。
失踪宣告には、以下の2種類があります。
- 普通失踪(ふつうしっそう): 戦争や災害といった特別な危難とは関係なく、従来の住所または居所を去り、その後の生死が明らかでない状態が7年間継続した場合。7年間の期間が満了した時に死亡したものとみなされます。
- 危難失踪(きなんしっそう)/特別失踪(とくべつしっそう): 戦争、船舶の沈没、震災、洪水といった死亡の原因となる危難に遭遇し、その危難が去った後、1年間生死が明らかでない場合。危難が去った時に死亡したものとみなされます。
失踪宣告の法的な効果
失踪宣告がなされると、その宣告を受けた人(失踪者)は、上記の期間満了時または危難が去った時に法律上死亡したものとして扱われます。 これにより、
- 失踪者自身の相続が開始します。
- 失踪者が相続人となるはずだった場合、その失踪者の代わりにその子などが代襲相続したり、失踪者がいないものとして他の相続人の相続分が変動したりします。
失踪宣告の申立て手続き概要
- 申立先: 失踪者の従来の住所地または居所地を管轄する家庭裁判所。
- 申立権者: 利害関係人(例:失踪者の配偶者、相続人となるべき人、財産管理人、受遺者など)。
- 主な必要書類(事案により異なります):
- 失踪宣告申立書
- 失踪者の戸籍謄本、戸籍の附票
- 失踪の事実を証する資料(例:警察への捜索願受理証明書、最後に音信があったことを示す資料、関係者の陳述書、危難に遭遇したことを示す資料など)
- 申立人の利害関係を証する資料
- 収入印紙、連絡用の郵便切手
- 家庭裁判所による調査と公示催告: 家庭裁判所は、申立てを受けると、失踪の事実について調査を行います。その後、官報や裁判所の掲示板で、失踪者に対し生存の届出をするよう、また失踪者の生存を知る者に対しその届出をするよう催告(呼びかけ)を行います。この公示催告の期間は、普通失踪の場合は通常6ヶ月以上、危難失踪の場合は通常2ヶ月以上とされています。
- 失踪宣告の審判: 公示催告の期間内に失踪者からの生存の届出や、その生存を知る者からの届出がなければ、家庭裁判所は失踪宣告の審判を行います。審判が確定すると、申立人は10日以内に市区町村役場に失踪の届出をする必要があります。
メリットとデメリット
- メリット: 長期間生死不明の相続人がいる場合に、法的に死亡したものとして扱うことで、相続関係を確定させ、残された相続人が相続手続きを進めることが可能になります。
- デメリット:
- 手続きに非常に時間がかかります。申立てから宣告まで1年以上を要することも珍しくありません。
- 万が一、失踪宣告後に失踪者が生きて帰ってきた場合、失踪宣告の取消しの手続きが必要となり、それまでに行われた財産処分などの法律関係が複雑になる可能性があります(ただし、取消しの効力は、取消前に善意で行われた行為には影響しないとされています)。
連絡が取れない相続人への対応、その他のアプローチ
不在者財産管理人や失踪宣告は、強力な法的手段ですが、時間も費用もかかります。そのため、まずは以下のようなアプローチで、できる限りの調査と連絡を試みることが大切です。
- 徹底的な住民票・戸籍の附票調査: 現在の住民票の住所が分からなくても、本籍地が分かれば戸籍の附票を取得することで、過去の住所移転の履歴を辿ることができます。これにより、現在の住所地が判明するケースもあります。
- 共通の知人・親戚への聞き込み: 昔の友人や遠い親戚など、何か手がかりを知っていそうな人に丁寧に聞き込みを行うことも有効です。
- 弁護士による調査(弁護士会照会など): 弁護士に依頼すれば、職務上の権限で、弁護士会を通じて関係機関に必要な情報の照会を行う「弁護士会照会(23条照会)」などの手段を利用できる場合があります。これにより、個人では得られない情報を入手できる可能性があります。
- 内容証明郵便の送付(住所が判明しているが応答がない場合): もし住所は分かっているものの、手紙を送っても返信がない、電話にも出ないといった場合には、遺産分割協議への参加を促す旨を記載した内容証明郵便を送付することも一つの方法です。配達証明を付けておけば、相手が受け取ったことの証拠にもなり、法的な意思表示として一定の心理的効果も期待できます。
不在者財産管理人・失踪宣告手続きにおける行政書士の役割
相続人と連絡が取れないという困難な状況において、私たち行政書士は、法的な解決策へ向けての準備段階で、みなさまをサポートいたします。
連絡の取れない相続人という「霧の中の道」を、法的な知識という「灯り」で照らし、解決への第一歩を踏み出すお手伝いをするのが、私たち行政書士の役割です。
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制度に関する詳しいご説明と情報提供:
- 不在者財産管理人制度や失踪宣告制度の仕組み、メリット・デメリット、手続きの概要などについて、みなさまの状況に合わせて分かりやすくご説明し、疑問にお答えします。
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前提となる相続人調査(戸籍収集)の徹底サポート:
- 不在者や失踪者の特定、そして他の相続関係を正確に把握するための戸籍謄本等の収集を、職務上の権限を用いて代行いたします。
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家庭裁判所へ提出する申立書等の作成支援:
- 不在者財産管理人選任申立書や失踪宣告申立書、そしてそれに添付する必要がある戸籍謄本、住民票、財産関係資料などの収集・作成をサポートし、申立て準備のお手伝いをします。(ただし、家庭裁判所への代理人としての申立て行為や、複雑な法律判断が伴う交渉等は弁護士の業務領域となります。)
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他の専門家(弁護士など)への適切な橋渡し:
- 不在者財産管理人の候補者となったり、家庭裁判所での代理申立てを行ったりするのは、主に弁護士の役割となります。私たちは、みなさまのご状況やご希望に応じて、信頼できる弁護士をご紹介し、スムーズな連携が図れるようサポートいたします。
行政書士は、みなさまが直面する困難な状況を理解し、法的な解決策に向けて、最初の一歩を踏み出すための準備を、親身になってお手伝いすることをお約束します。
まとめ:連絡が取れない相続人がいても諦めない。法的手段で解決の道を。
今回の「相続セミナー」では、相続人と連絡が取れない、あるいは行方不明である場合に、どのように相続手続きを進めていくことができるのか、そのための法的な手段である「不在者財産管理人制度」と「失踪宣告制度」について詳しく解説してまいりました。
相続人の中に連絡が取れない方がいるという状況は、相続手続きを進める上で大きな障害となりますが、決して諦める必要はありません。 日本の法律には、このような困難な状況を打開するための制度が用意されています。
ただし、これらの手続きは専門的な知識を要し、時間も費用もかかるケースが一般的です。まずは、できる限りの調査を行い、それでも連絡が取れない場合には、早期に弁護士や私たち行政書士のような専門家に相談し、ご自身の状況に合った最適な解決策を見つけ出すことが重要です。専門家は、法的な観点から的確なアドバイスを提供し、みなさまが直面する問題の解決に向けて、力強くサポートしてくれるはずです。
次回の「相続・遺言・家族信託お役立ちブログ」第42回相続セミナーでは、「数次相続・再転相続 ~複雑化する相続への対応~」というテーマでお届けします。相続手続きが終わらないうちに、相続人の一人が亡くなってしまい、さらに相続が開始してしまう「数次相続」や「再転相続」といった、より複雑なケースへの対応方法について詳しく解説する予定です。どうぞご期待ください。