
相続セミナー第44回: 特別受益とは? ~生前贈与が相続分に与える影響~
みなさん、こんにちは。 さて、相続セミナー第5部「相続の特別知識と周辺制度」、本日はその第44回です。今回のテーマは「特別受益(とくべつじゅえき)とは? ~生前贈与が相続分に与える影響~」です。
相続が発生した際、「兄弟の一人だけが生前に親から家を買ってもらっていた」「特定の子だけが事業資金を援助してもらっていた」といった話を聞くことがあります。もし、そのような特定の相続人だけが被相続人(亡くなった方)から多額の財産を受け取っていたとしたら、他の相続人との間で不公平が生じてしまう可能性がありますよね。
民法では、このような相続人間の不公平を調整し、実質的な公平を図るために「特別受益」という制度を設けています。この特別受益の考え方を理解しているかどうかで、遺産分割協議の行方や、最終的にご自身が受け取れる相続財産の額が変わってくることもあります。
今回のブログでは、この「特別受益」について、
- 特別受益とは具体的にどのようなものか?
- どのような生前贈与が特別受益にあたるのか(具体例)?
- 特別受益があった場合、相続分はどのように計算されるのか(持ち戻し計算)?
- 被相続人が特別受益の持ち戻しを免除する意思表示とは?
- 特別受益に関する注意点やよくあるトラブル
- 遺言や生前対策でどのように考慮すべきか
といった点を、できるだけ分かりやすく、具体例を交えながら解説していきます。私たち行政書士が、特別受益に関するご相談や、遺産分割協議のサポート、遺言書作成支援などでどのようにお役に立てるかについても触れていきますので、ぜひ最後までお付き合いください。
特別受益とは何か? なぜこの制度があるのか?
まず、「特別受益」とは何か、その基本的な定義から見ていきましょう。
特別受益とは、共同相続人の中に、被相続人から遺贈(いぞう:遺言によって財産を与えること)を受けたり、あるいは生前に婚姻、養子縁組のため、もしくは生計の資本として贈与(生前贈与)を受けた者がいる場合に、その受けた利益のことを指します。
簡単に言うと、**「相続財産の前渡し」**と評価されるような、特定の相続人が受けた特別な利益のことです。
この特別受益制度の主な目的は、相続人間の実質的な公平を図ることです。もし特別受益が考慮されなければ、生前に多くの財産をもらった相続人が、さらに他の相続人と同じ割合で残りの遺産も受け取ることになり、結果として大きな不公平が生じてしまいます。
そこで、特別受益を受けた相続人については、その受益分を相続開始時の財産に加算した「みなし相続財産」を基準に各人の相続分を計算し、特別受益を受けた相続人はその計算された相続分から既に受け取った特別受益の額を差し引く、という調整を行います。これを**「特別受益の持ち戻し」**といいます。
なお、前回解説した「遺留分」の計算においても、この特別受益にあたる生前贈与は、遺留分を算定するための基礎財産に含まれる場合があります。このように、特別受益は遺産分割だけでなく、遺留分とも関連する重要な概念です。
どのようなものが特別受益にあたるのか?(具体例)
では、具体的にどのようなものが特別受益と判断されるのでしょうか。主な例を以下に挙げます。
-
遺贈 遺言によって特定の相続人に財産が与えられた場合、その遺贈された財産は原則として特別受益にあたります。これには、特定の財産を指定する「特定遺贈」(例:不動産Aを長男に遺贈する)も、財産の割合を指定する「包括遺贈」(例:全財産の3分の1を次男に遺贈する)も含まれます。
-
婚姻または養子縁組のための贈与
- 持参金、嫁入り道具、支度金: 結婚や養子縁組に際して、親が子に渡すこれらの金品も、その額が社会通念上相当と認められる範囲を著しく超える場合には、特別受益とみなされることがあります。一般的な範囲内であれば扶養の一環とされることもあります。
- 結納金や挙式費用: これらは通常、特別受益には該当しないと考えられていますが、あまりに高額で他の相続人とのバランスを欠く場合は考慮される余地もあります。
-
生計の資本としての贈与 これは、独立して生計を立てるための基礎となるような財産の贈与を指し、非常に多岐にわたります。
- 事業の開業資金・運転資金の援助: 子が事業を始める際に親が提供した資金など。
- 住宅購入資金・新築資金の援助: 家を建てる際やマンションを購入する際の頭金やローンの肩代わりなど。
- 子が独立して生計を立てるためのまとまった金銭の援助。
- 高等教育の学費: 大学の学費については、被相続人の資産状況や社会的地位、他の兄弟姉妹とのバランスなどから、扶養義務の範囲を超えるような特に高額な場合(例:私立大学医学部の学費など)に特別受益と判断されることがあります。全ての学費が対象となるわけではありません。
- 借金の肩代わり: 相続人が負っていた借金を被相続人が代わりに返済した場合。
-
生命保険金について 被相続人が保険料を負担し、特定の相続人が生命保険金受取人として指定されていた場合、その生命保険金は原則として受取人固有の財産とされ、特別受益には当たらないとされています。しかし、保険金の額が相続財産全体に比して著しく高額で、他の相続人との間で著しい不公平が生じるような特段の事情がある場合には、例外的に特別受益に準じて持ち戻しの対象となる可能性も判例で示されています。
【ポイント】特別受益に当たらないものの例
一方で、以下のようなものは、原則として特別受益には該当しないと考えられています。
- 通常の生活費の援助(扶養義務の範囲内)
- 一般的なお祝い金(入学祝い、卒業祝い、成人祝い、病気見舞いなど)や香典返し
- 被相続人の事業への労務提供に対する相当な対価(給与など)
- 相続人全員が均等に受けた利益
個々のケースで特別受益に該当するかどうかは、贈与の目的、金額、被相続人の資産状況、他の相続人との関係性などを総合的に考慮して判断されるため、一律に線引きするのは難しい場合があります。
特別受益の「持ち戻し」とは? 計算はどうする?
特別受益が認められた場合、その受益分を考慮して各相続人の具体的な相続分を計算する必要があります。この計算手続きを**「特別受益の持ち戻し計算」**といいます。
持ち戻しの意味
持ち戻しとは、相続開始時の被相続人の財産(これを「相続財産」といいます)の価額に、生前贈与や遺贈といった特別受益の価額を加算します。この加算後の財産を**「みなし相続財産」**または「算定上相続財産」と呼びます。そして、この「みなし相続財産」を基準として、各相続人の法定相続分または指定相続分を計算します。
特別受益を受けた相続人は、こうして計算された相続分から、既に受け取った特別受益の価額を差し引いた残額を、具体的な相続分として受け取ることになります。
持ち戻しの対象となる期間
特別受益の持ち戻し計算において、対象となる生前贈与の時期には、原則として法律上の期間制限はありません。何十年も前の贈与であっても、それが特別受益に該当し、立証できれば持ち戻しの対象となり得ます。 これは、遺留分侵害額請求の際に考慮される贈与の期間(原則として相続開始前1年以内、相続人に対しては10年以内など)とは異なる点ですので注意が必要です。ただし、あまりにも古い贈与については、証拠が乏しく、立証が困難になるケースも少なくありません。
価額の評価時期
特別受益の価額は、相続開始時(被相続人が亡くなった時点)の価額に換算して評価するのが原則です。
- 金銭の場合: 贈与された金銭の額を、相続開始時の貨幣価値に引き直して評価します(消費者物価指数などを参考に調整)。
- 不動産の場合: 贈与時の価額ではなく、相続開始時の時価で評価します。贈与後に価値が変動している場合があるためです。
- 株式の場合: 上場株式であれば相続開始時の終値など、非公開株式であれば専門家による評価が必要になります。
特別受益の持ち戻し計算の具体例
では、具体的な計算例を見てみましょう。
-
例1:相続財産5,000万円、相続人は子Aと子Bの2人。子Aが生前に被相続人から住宅購入資金として1,000万円の特別受益(生前贈与)を受けていた場合。
- みなし相続財産の計算: 5,000万円(相続財産) + 1,000万円(子Aの特別受益) = 6,000万円
- 各相続人の法定相続分の計算: 子A:6,000万円 × 1/2 (法定相続分) = 3,000万円 子B:6,000万円 × 1/2 (法定相続分) = 3,000万円
- 各相続人の具体的相続分の計算: 子A:3,000万円 (計算上の相続分) - 1,000万円 (特別受益額) = 2,000万円 子B:3,000万円 (計算上の相続分) = 3,000万円
この結果、子Aは2,000万円、子Bは3,000万円を相続することになり、生前贈与を考慮した公平な分配が実現されます。
-
例2:相続財産8,000万円、相続人は配偶者、子C、子Dの3人。配偶者が遺言により2,000万円の遺贈を受け、子Cが生前に被相続人から事業開業資金として1,000万円の特別受益(生前贈与)を受けていた場合。
- みなし相続財産の計算: 8,000万円 + 2,000万円 (配偶者の遺贈) + 1,000万円 (子Cの特別受益) = 1億1,000万円
- 各相続人の法定相続分の計算: 配偶者:1億1,000万円 × 1/2 = 5,500万円 子C:1億1,000万円 × 1/4 = 2,750万円 子D:1億1,000万円 × 1/4 = 2,750万円
- 各相続人の具体的相続分の計算: 配偶者:5,500万円 - 2,000万円 = 3,500万円 子C:2,750万円 - 1,000万円 = 1,750万円 子D:2,750万円
-
【注意】超過特別受益の場合 もし、特別受益の額が、その相続人の計算上の相続分(みなし相続財産に基づく相続分)を超える場合(これを「超過特別受益」といいます)、その相続人の具体的相続分はゼロ(0円)となります。ただし、原則として、超えた分を他の相続人に返す義務はありません。 例えば、例1で子Aの特別受益が4,000万円だったとすると、子Aの計算上の相続分3,000万円を超えてしまいます。この場合、子Aの具体的相続分は0円となり、残りの相続財産5,000万円は全て子Bが相続することになります。子Aは超過した1,000万円を返す必要はありません。 ただし、このような超過特別受益が他の相続人の遺留分を侵害している場合には、別途、遺留分侵害額請求の問題が生じる可能性があります。
特別受益の「持ち戻しの免除」とは?
被相続人は、生前の意思表示によって、特定の贈与や遺贈について特別受益の持ち戻し計算をしないように求めることができます。これを**「持ち戻しの免除」**といいます。
持ち戻し免除の意思表示
被相続人が「この贈与(または遺贈)については、遺産分割の際に考慮しなくてよい」という意思を明確に示していれば、その受益分はみなし相続財産に加算されません。
- 意思表示の方法: 遺言書に記載するのが最も確実ですが、生前の書面や、状況によっては口頭での意思表示も有効とされる場合があります。ただし、口頭の場合は後日その事実を証明するのが難しくなるため、書面で残しておくことが望ましいです。
- 明示的な意思表示と黙示的な意思表示: 「持ち戻しを免除する」とハッキリ言葉や文章で示すのが明示的な意思表示です。一方、被相続人の言動や贈与の事情などから、客観的に持ち戻し免除の意思があったと推測できる場合を黙示的な意思表示といいますが、認められるケースは限定的です。
配偶者に対する居住用不動産の贈与・遺贈の特例(持ち戻し免除の推定)
2019年の民法改正(2020年4月1日施行)により、婚姻期間が20年以上である夫婦の一方が、他方に対し、その居住の用に供する建物またはその敷地について遺贈または贈与をしたときは、原則として持ち戻し免除の意思表示があったものと推定するという規定が設けられました(民法903条4項)。
これは、長年連れ添った配偶者の居住の安定を図るためのもので、被相続人が特に持ち戻しを求める意思表示をしていない限り、配偶者が受けた自宅の贈与や遺贈は遺産分割の際に特別受益として考慮されにくくなりました。これにより、遺された配偶者が住み慣れた家を失うリスクを軽減する効果が期待されます。
【重要】持ち戻し免除と遺留分の関係
持ち戻しが免除されたとしても、その贈与や遺贈が他の相続人の遺留分を侵害している場合には、遺留分侵害額請求の対象となり得ます。持ち戻し免除はあくまで遺産分割における計算上の扱いであり、遺留分の権利そのものを消滅させるものではありません。
特別受益に関する注意点・よくあるトラブル
特別受益が絡む遺産分割協議は、感情的な対立も生じやすく、紛糾しやすい傾向があります。以下のような点に注意が必要です。
- 証拠の確保が鍵: 「特別受益があったはずだ」と主張しても、それを裏付ける証拠がなければ、他の相続人の同意を得るのは困難です。贈与契約書、銀行の振込記録、不動産の登記事項証明書、被相続人の日記や手紙など、客観的な証拠をできるだけ集めることが重要です。
- 財産の評価で揉めることも: 特に不動産や非公開株式などは、その評価額について相続人間で見解が対立し、争いの原因となることがあります。公平な第三者である不動産鑑定士や税理士などの専門家による評価が必要になる場合もあります。
- 「言った、言わない」の争い: 持ち戻し免除の意思表示が口頭だった場合など、その有無や内容について相続人間で記憶が食い違い、争いになることがあります。
- 他の相続人への説明不足: 被相続人がなぜ特定の相続人に多くの援助をしたのか、その理由や想いが他の相続人に伝わっていないと、不公平感を増幅させてしまうことがあります。
- 寄与分との兼ね合い: 特別受益を受けたとされる相続人が、同時に被相続人の財産の維持・増加に貢献したとして「寄与分」を主張する場合、その調整が複雑になることがあります。(寄与分については次回詳しく解説します)
特別受益と遺言・生前対策:トラブル予防のために
このような特別受益に関するトラブルを未然に防ぐためには、被相続人が生前に行う対策が非常に重要です。
- 遺言書作成時に特別受益を明確にする:
- 特定の贈与について持ち戻しを免除したい場合は、その旨を遺言書に明確に記載する。
- 各相続人の取得分を指定する際に、過去の生前贈与の状況を考慮した内容にする。
- 付言事項で、なぜそのような財産配分にしたのか、家族への想いを伝えることも有効です。
- 生前贈与を行う際の注意点:
- 贈与の都度、贈与契約書を作成し、贈与の事実、日付、金額、目的などを明確に記録しておく。これは相続税対策の観点からも重要です。
- 他の相続人との公平性にできるだけ配慮する。もし特定の相続人に多くの援助をする場合は、その理由を他の相続人にも理解してもらえるように努める。
- 高額な贈与をする場合は、専門家(税理士や行政書士など)に相談し、相続への影響や税金の問題についてアドバイスを受ける。
私たち行政書士は、このような遺言書の作成支援や、生前の財産管理に関するご相談を通じて、将来の相続トラブル予防のお手伝いをしています。
特別受益で困ったら行政書士にご相談ください
特別受益の問題は、法的な知識だけでなく、事実認定や証拠の収集、相続人間の感情的な調整など、多岐にわたる対応が求められます。
「これって特別受益になるの?」「遺産分割協議でどう主張すればいいの?」「親が生前に特定の兄弟だけ援助していたけど…」など、特別受益に関して疑問や不安を感じたら、ぜひ私たち行政書士にご相談ください。
- 特別受益に関する正確な情報提供とアドバイス: あなたのケースで特別受益がどのように影響するか、分かりやすくご説明します。
- 遺産分割協議における特別受益の取り扱いに関する助言: 公平な解決に向けた話し合いの進め方や、必要な資料についてアドバイスします。
- 遺言書作成における特別受益への配慮のサポート: 持ち戻し免除の意思表示の明文化など、あなたの想いを形にするお手伝いをします。
- 事実証明に関する書類作成のサポート: 贈与契約書の作成や、話し合いの内容を記録する合意書の作成などを支援します。
- 話し合いの前提となる資料収集のサポート: 相続人調査(戸籍収集)や相続財産調査など、遺産分割に必要な準備をお手伝いします。
- 他の専門家との連携: 必要に応じて、弁護士(紛争が生じている場合)や税理士(相続税申告が必要な場合)など、適切な専門家と連携して問題解決をサポートします。
行政書士は「身近な街の法律家」として、皆さまの立場に寄り添い、円満な相続の実現をサポートいたします。
まとめ:特別受益の理解が公平な相続への第一歩
今回は、相続における公平性を保つための重要な制度である「特別受益」について、その内容、具体例、計算方法、注意点、そして生前対策に至るまで詳しく解説しました。
特別受益が絡む遺産分割は、時に複雑で、感情的な対立を生むことも少なくありません。しかし、この制度を正しく理解し、適切に対応することで、より公平で円満な解決を目指すことができます。
被相続人となる方も、相続人となる可能性のある方も、この特別受益という考え方を知っておくことは、将来の無用なトラブルを避けるために非常に有益です。
何かご不明な点やご心配なことがございましたら、決して一人で抱え込まず、お早めに専門家にご相談いただくことをお勧めします。
次回は、相続セミナー第45回「寄与分とは? ~介護や家業への貢献を評価する制度~」というテーマでお届けする予定です。こちらも相続財産の公平な分配に深く関わる大切な知識ですので、ぜひ続けてご覧いただければ幸いです。