
相続セミナー第46回: 相続税の基礎知識 ~計算方法と基礎控除~
「親が亡くなったら、必ず相続税を払わないといけないの?」「うちの財産だと、相続税はどれくらいかかるんだろう…」相続が発生すると、多くの方がこのような税金に関する不安や疑問をお持ちになるのではないでしょうか。テレビや雑誌などで「相続税対策」といった言葉を目にする機会も増え、漠然とした心配を抱えている方もいらっしゃるかもしれません。
今回のブログでは、この「相続税」について、その基本的な仕組みや、どのような場合に相続税がかかるのか、特に重要な「基礎控除」の考え方、そして簡単な計算の流れなどを分かりやすく解説していきます。この記事を読むことで、相続税に対する漠然とした不安を解消し、ご自身の状況を把握するための一助となれば幸いです。私たち行政書士が相続手続き全体をサポートする中で、相続税の概要についてご説明したり、必要な場合に税理士の先生へスムーズにお繋ぎしたりする役割についても触れていきます。
相続税とは何か?なぜ納める必要があるの?
まず、相続税とは何か、その基本的な定義から見ていきましょう。
相続税とは、亡くなった方(法律用語で「被相続人」といいます)から、相続(遺産分割や法定相続など)や遺贈(遺言によって財産を譲り受けること)、または死因贈与(亡くなったことを原因として効力が発生する贈与契約)によって財産を取得した場合に、その取得した財産の価額に対して課される税金のことです。
相続税が課される主な理由としては、以下のようなものが挙げられます。
- 富の再分配機能: 特定の家系に富が集中しすぎることを防ぎ、社会全体で富をより公平に分配する役割。
- 応能負担の原則: 偶然性の高い相続という形で財産を取得した人には、その能力(担税力)に応じて税負担を求めるという考え方。
相続税の申告と納税の義務を負うのは、被相続人から財産を取得した各相続人や受遺者(遺言によって財産を受け取った人)です。
相続税は必ずかかる? ~「基礎控除」が大きなポイント!~
「相続=相続税がかかる」とイメージされている方もいらっしゃるかもしれませんが、実は、全ての相続で相続税が発生するわけではありません。 相続税には「基礎控除」という制度があり、相続財産の総額がこの基礎控除額以下であれば、原則として相続税の申告も納税も不要です。
この基礎控除額の計算式は非常に重要ですので、しっかりと覚えておきましょう。
【相続税の基礎控除額】 3,000万円 + (600万円 × 法定相続人の数)
この計算式で算出された金額までは、相続税がかからないということになります。 例えば、法定相続人が配偶者と子2人の合計3人の場合、基礎控除額は、 3,000万円 + (600万円 × 3人) = 4,800万円 となります。このケースでは、相続財産の総額(後述する課税対象財産から債務などを引いたもの)が4,800万円以下であれば、相続税はかからないということになります。
法定相続人の数のカウント方法
基礎控除額の計算で使う「法定相続人の数」は、民法で定められた相続人の数を指します。いくつか注意点があります。
- 相続放棄があった場合: 相続放棄をした人がいても、その放棄がなかったものとして法定相続人の数に含めます。
- 養子の数の制限:
- 被相続人に実子がいる場合:法定相続人に含めることができる養子の数は1人まで。
- 被相続人に実子がいない場合:法定相続人に含めることができる養子の数は2人まで。 (ただし、これらの養子も民法上の相続権は有しています。)
まずは、ご自身の家族構成から法定相続人の数を把握し、基礎控除額がいくらになるのかを計算してみることが、相続税の心配をするかどうかの第一歩となります。
相続税の課税対象となる財産(主なもの)
では、どのような財産が相続税の課税対象となるのでしょうか。主なものを見ていきましょう。
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本来の相続財産 被相続人が亡くなった時点で所有していた、金銭に見積もることができる経済的価値のある全ての財産です。
- 現金、預貯金、電子マネー
- 土地(宅地、農地、山林など)、建物(家、マンション、アパートなど)
- 有価証券(株式、国債、社債、投資信託など)
- 自動車、船舶
- 貴金属(金、プラチナなど)、宝石、書画骨董、美術品
- ゴルフ会員権、リゾート会員権
- 貸付金、売掛金などの債権
- 著作権、特許権などの無体財産権
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みなし相続財産 本来の相続財産ではないものの、実質的に相続によって取得した財産と同等とみなされ、相続税の課税対象となるものです。
- 生命保険金(死亡保険金): 被相続人の死亡によって相続人が受け取る生命保険金は、相続財産とみなされます。ただし、**「500万円 × 法定相続人の数」**という非課税枠があり、この非課税枠を超えた部分が課税対象となります。
- 死亡退職金・功労金など: 被相続人の死亡によって勤務先などから支払われる死亡退職金なども、みなし相続財産となります。こちらも生命保険金と同様に「500万円 × 法定相続人の数」の非課税枠があります。
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相続開始前3年以内の贈与財産(注意:2024年以降の改正あり) 相続税の計算をする際には、被相続人が亡くなる前3年以内に、その被相続人から贈与によって取得した財産(暦年贈与など)も、原則として相続財産に加算して相続税を計算します(これを「生前贈与加算」といいます)。これは、亡くなる直前に財産を駆け込みで贈与して相続税を不当に免れようとすることを防ぐための措置です。 【重要:2024年1月1日以降の贈与に関する改正】 この生前贈与加算の対象期間が、段階的に3年から7年に延長されることになりました。2024年1月1日以降の贈与から適用され、2027年1月1日以降の相続では過去7年間の贈与が加算対象となります(ただし、延長された4年間の贈与については総額100万円の控除あり)。この改正は今後の相続税対策に大きな影響を与える可能性があります。 また、相続時精算課税制度を選択して贈与を受けた財産も、相続時に相続財産に加算されます。
非課税財産(主なもの)
一方で、社会政策的な配慮などから、相続税がかからない財産(非課税財産)もあります。
- 墓地、墓石、仏壇、仏具、神棚、祭具など(日常礼拝の対象となっているもの)
- 国や地方公共団体、特定の公益法人(認定NPO法人など)へ寄付した財産
- 生命保険金・死亡退職金の非課税枠内の金額
- 弔慰金、花輪代、葬祭料などで社会通念上相当と認められるものの一部
相続財産の評価方法(かんたんな概要)
相続税を計算する上で、相続財産をいくらと評価するのかは非常に重要です。財産の評価は、原則として相続開始時(被相続人が亡くなった日)の時価で行われます。
主な財産の評価方法の概要は以下の通りです。
- 現金・預貯金: 相続開始日の残高。
- 上場株式: 以下の4つの価格のうち、最も低い価格で評価します。
- 相続開始日の終値
- 相続開始月の毎日の終値の月平均額
- 相続開始月の前月の毎日の終値の月平均額
- 相続開始月の前々月の毎日の終値の月平均額
- 土地(宅地):
- 路線価方式: 道路に面する宅地の1平方メートルあたりの価額(路線価)が定められている地域で用いられます。路線価に土地の面積を乗じて計算します(土地の形状などに応じて補正あり)。
- 倍率方式: 路線価が定められていない地域で用いられます。その土地の固定資産税評価額に、国税局が定める一定の倍率を乗じて計算します。
- 建物(家屋): 固定資産税評価額で評価します(賃貸している場合は評価減あり)。
財産の評価、特に不動産や非公開株式などの評価は専門的な知識が必要で複雑です。正確な評価は税理士や不動産鑑定士といった専門家に依頼することが一般的です。
相続税の計算ステップ(大まかな流れ)
相続税の具体的な計算は非常に複雑で、多くのステップがありますが、ここでは大まかな流れを掴んでいただくことを目的として説明します。
ステップ1:各人の課税価格の計算 まず、各相続人や受遺者が取得した財産の価額を計算します。 (取得したプラスの財産)-(非課税財産)-(債務・葬式費用)+(相続開始前3年(~7年)以内の贈与財産)= 各人の課税価格
ステップ2:課税遺産総額の計算 次に、ステップ1で計算した各人の課税価格を合計し、そこから基礎控除額を差し引きます。 (各人の課税価格の合計額)-(基礎控除額:3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数)= 課税遺産総額 この結果がマイナスまたはゼロであれば、相続税はかかりません。
ステップ3:相続税の総額の計算 課税遺産総額が出たら、それを一度、法定相続人が法定相続分で取得したものと仮定して分け、各法定相続人の仮の取得金額を算出します。そして、それぞれの仮の取得金額に、相続税の税率(超過累進税率:財産額が多いほど税率が高くなる)を適用し、各人ごとの仮の相続税額を計算します。これらの税額を全て合計したものが「相続税の総額」となります。
(相続税の速算表は国税庁のウェブサイトなどで確認できます。税率は10%から55%までの8段階です。)
ステップ4:各人の実際の納付税額の計算 最後に、ステップ3で計算した「相続税の総額」を、実際に各相続人や受遺者が取得した財産の割合に応じて按分し、各人が負担する相続税額を算出します。さらに、そこから各人の状況に応じた税額控除(後述)を差し引いて、最終的な納付税額が決定します。
この計算プロセスは非常に専門的です。正確な計算と申告は、必ず税理士にご相談ください。
代表的な相続税の税額控除
相続税の負担を軽減するための様々な税額控除制度があります。代表的なものをいくつかご紹介します。
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配偶者の税額軽減(配偶者控除): これは非常に大きな控除制度です。被相続人の配偶者が取得した遺産額が、(1) 法定相続分相当額 と (2) 1億6,000万円 のいずれか多い金額までは、配偶者には相続税がかからないというものです。多くの場合、配偶者はこの制度により相続税の負担が大幅に軽減されるか、ゼロになります。 【重要】この配偶者控除を受けるためには、たとえ納税額がゼロになる場合でも、相続税の申告書の提出が必要です。
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未成年者控除: 相続人が未成年者(相続開始時点で18歳未満。2022年3月31日以前の相続では20歳未満)である場合、その未成年者が満18歳(または20歳)になるまでの年数1年につき10万円が控除されます。
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障害者控除: 相続人が障害者である場合、その障害者が満85歳になるまでの年数1年につき10万円(特別障害者の場合は20万円)が控除されます。
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相次相続控除: 今回の相続開始前10年以内に、被相続人が別の相続(一次相続)によって財産を取得し、その際に相続税を納めていた場合に、今回の相続(二次相続)で納める相続税額から、一定額を控除できる制度です。短期間に相続が続いて二重に相続税の負担が重くなることを避けるための措置です。
他にも、暦年贈与について過去に贈与税を納めていた場合の贈与税額控除などがあります。
相続税の申告と納税の期限と方法
相続税の申告と納税には、厳格な期限が定められています。
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申告・納税期限: 相続の開始があったことを知った日(通常は被相続人の死亡日)の翌日から10ヶ月以内です。この期限は意外と短く、この間に相続人調査、財産調査・評価、遺産分割協議、申告書作成といった多くの手続きを完了させる必要があります。
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申告先: 被相続人の最後の住所地を管轄する税務署です。
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納税方法: 原則として、申告期限までに現金で一括納付する必要があります。金融機関の窓口や、一定額以下であればコンビニエンスストア、e-Taxを利用したクレジットカード納付やダイレクト納付なども可能です。 一括での納付が困難な場合には、一定の要件のもとで「延納」(分割払い)や「物納」(不動産などで納める)といった制度もありますが、手続きが複雑で要件も厳しいため、利用できるケースは限られます。
期限までに申告・納税をしないと、本来納めるべき税金の他に「無申告加算税」や「延滞税」といったペナルティが課される可能性がありますので、十分注意が必要です。
行政書士と税理士の連携:スムーズな相続のために
相続税が関わる場合、私たち行政書士と税理士が連携してサポートさせていただくことが、ご依頼者様にとって大きなメリットとなります。
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行政書士の役割:
- 相続手続きの最初の窓口として、相続人調査(戸籍収集)、相続関係説明図の作成、相続財産調査(資料収集)、遺産分割協議書の作成など、相続の基盤となる手続きを幅広くサポートします。
- 相続税に関する基本的な仕組みや基礎控除についてご説明し、相続税申告の要否について大まかな見通しをお伝えします。
- 遺産分割協議において、相続税の負担も考慮した分割案の検討をサポートしたり、その内容を法的に有効な遺産分割協議書としてまとめたりします。
- 相続税申告が必要と判断される場合には、提携している信頼できる税理士の先生を速やかにご紹介し、スムーズな引き継ぎを行います。私たちは、相続全体の流れを把握し、各専門家と適切に連携するコーディネーターとしての役割も担います。
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税理士の役割:
- 相続財産の専門的な評価(特に不動産や非公開株式など)。
- 複雑な相続税額の計算、各種特例や税額控除の適用の検討。
- 相続税申告書の作成と税務署への提出。
- 税務調査が行われる場合の対応。
- 生前の相続税対策(節税コンサルティング、遺言執行など)の専門家です。
相続手続きは、行政書士が法務面を、税理士が税務面をそれぞれ担当し、緊密に連携することで、ご依頼者様は安心して全ての手続きをワンストップに近い形でお任せいただくことが可能になります。
まとめ:相続税の基礎知識、まずは基礎控除の確認から
今回は、相続税の基礎知識として、その仕組み、課税対象、基礎控除、計算の流れ、そして申告・納税の概要について解説しました。
繰り返しになりますが、相続税は全ての相続でかかるわけではなく、**「3,000万円 + (600万円 × 法定相続人の数)」**という基礎控除額が大きなポイントです。まずはこの基礎控除額をご自身のケースで計算し、おおよその相続財産額と比較してみることから始めてみてください。
相続税の計算や申告は非常に専門的で複雑です。もし相続税がかかる可能性がある場合や、判断に迷う場合は、自己判断せずに、できるだけ早い段階で税理士にご相談いただくことを強くお勧めします。私たち行政書士は、その入り口として、相続手続き全般のサポートとともに、相続税に関する基本的な情報提供や信頼できる税理士のご紹介を通じて、皆さまの不安解消のお手伝いをさせていただきます。
次回は、相続セミナー第47回「相続税申告が必要なケースと納税方法 ~申告期限は10ヶ月!~」というテーマで、今回よりもさらに申告と納税の実務的な側面に踏み込んで解説する予定です。ぜひ続けてご覧ください。